翻訳やってみませんか?
翻訳やってみませんか?
*子どもたちへのメッセージです。
翻訳はとってもめんどうな仕事です。外国語(私の場合は主に英語ですが)もわからないといけないし、日本語もそれ以上にわかっていないといけない。原書に知らない言い回しや専門外の知識が出てきたら、わかるまで調べないといけない。花や鳥や虫の名前も、日本語ではなんというのか、辞書だけでなく百科事典などでも確認する必要があります。だから手間がかかって、時にはうんざりすることだってあるのです。
でもね、私は翻訳という仕事がすきです。なぜかというと、翻訳をしていると、今いる場所から離れ、今いる時代からも離れていろいろな体験ができるからです。
「ホーキング博士の宇宙アドベンチャー・シリーズ」を訳しているとき、私は主人公といっしょに広い宇宙をさまよい、火星に降り立ったり金星に降り立ったりしていました。
「リンの谷のローワン」シリーズを訳している時には、私は少し古めかしい異世界にいて、ふしぎな地図をたよりに魔の山に登ったり、凧に乗って空を飛んだり、雪深い山道を歩きながら村の運命を心配していました。
「クロニクル千古の闇」シリーズを訳している時には、今から6000年前の北ヨーロッパにいて、おおかみのウルフといっしょに原生林の中を歩き回り、猟をしたり魚をしとめたり、木をこすり合わせて火を起こしたり、夜空の星を見ながら静けさに耳をすませたりしていました。
そして『路上のストライカー』を訳している時には、命の危険を感じたり障がいをもつ兄をかばったりしながら、ひそかに国境を越え、鳥獣保護区を走り抜けたあげく、すきっ腹をかかえて都会の裏通りをさまよっていました。
本を開いて読んでみるだけでも、「他人のくつ」をはいてみることはできます。「今」「ここ」ではない世界に暮らしている赤の他人(物語の主人公のことですよ)といっしょになってドキドキしたりハラハラしたりホッとしたりすることができるのです。けれど、翻訳という作業は、何度も読んだり、途中で立ち止まって考えたりすることが必要になるので、ふつうに読むだけの時よりはもっともっと深い体験ができるように思います。深くその物語世界に入り込むと、ほんとうに自分が体験しているような気持になることもあります。
自分ひとりの人生で実体験できることはかぎられていますが、本の世界はその限界をこえて、体験できることの幅をぐーんと広げてくれるのです。そして翻訳という仕事は、それをより深く体験できるようにしてくれるのです。ね、すてきな仕事でしょ。あなたも将来やってみませんか?
(「学校図書館」2014年2月号掲載)
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