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2016年6月22日 (水)

夢中になって読んだ本

夢中になって読んだ本

私は、子どもの時から活字中毒といってもいいくらい、本好きだった。そしてジャンルにこだわらず、手当たり次第に何でもかんでも読んできた。親からは、まだ活字が読めない三歳ごろから、分厚い本のページを飽きずにめくっていたと聞いているので、中身ばかりでなく本という形態にも興味を示していたらしい。

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学校に入ると、国語の教科書をもらってすぐにひととおり読んでしまい、上の学年の子のも借りて読んだ。今のように子どもの本がふんだんに手に入る時代ではない。父は会社の帰りに時々古本雑誌を買ってきてくれたが、クイズのページなどにだれかの鉛筆が入っていると、ちょっとがっかりしたのをおぼえている。それで、最初から自分のものといえる本がほしいと強く願っていたので、講談社の[少年少女世界文学全集」が発売になると、早速親に頼んで毎月買ってもらった。私が通っていた小学校に間もなく図書館ができて、そこで本が借りられるようになったのもうれしいことだった。

小学校時代に感動した本でおぼえているのは、ストウ夫人の「アンクル・トムの小屋/トムじいやの小屋」だ。講談社の全集より前の岩波少年文庫で読んだのだと思うが、感想文を書いて先生にほめられた。この本は、今読むとアンクル・トムに卑屈なところがあり、子どもたちにお薦めする気にはなれないが、アメリカの奴隷制度のことを初めて知ったという点では、私にとって意味のある本

Photo_5だった。私はその後、反アパルトヘイト運動にかかわったり、アフリカ人作家や、アフリカ系アメリカ人作家の本を多く訳したりするようになるのだが、ストウ夫人のこの本が、その遠いきっかけになっているのかもしれない。

大学は仏文専攻だったので、シュールレアリスム作家アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』とか。現実と幻想と狂気がないまぜになった『ナジャ』などを読んで、世間の常識といわれるものから自分をなるべく遠くへ引き離そうとしていた。
アメリカの公民権運動も盛んだったので、ジェイムズ・ボールドウィンの評論集『次は火だ』(すごいタイトル!)とか自伝的小説の『山にのぼりて告げよ』、ラングストン・ヒューズの『ブラック・ボーイ』なども、そのころ夢中になって読んだ本の一部だ。ラングストン・ヒューズの詩の一篇は、後に絵本の形になっているものを自分でも翻訳することになった(『川のうた』光村教育図書)。この詩の原題は、「黒人は川について語る」というもの。両親が早くに離婚して祖母に育てられたラングストン・ヒューズが、メキシコに父親をたずねていった18歳の時に書いた詩だ。アフリカ系の人々を代表する「わたし」が、アフリカやアメリカのさまざまな川とのかかわりの中で生きてきた歴史をうたっているのだが、私が好きなのは、「それで、わたしのたましいも、川のようにふかくなったPhoto_6 のだ。」というところ。作品を通して川のように深い魂をもった人と触れあい、いろいろな想像をふくらませることができるのも、文学の醍醐味ではないだろうか。

そのころの私は、「今」「ここ」から離れてなるべく遠くへ行きたいと思っていたが、本の中ではそれが大いに可能なのだった。本の中の主人公の靴を自分もはいてみることで、主人公の体験の一部を共有できるということも、そのころにはもうわかっていた。

卒論にはサン=テグジュペリを取り上げた。パイロットで、とても孤独だった(ように思う)サン=テグジュペリが空から大地を見おろしてさまざまに思いをめぐらせた結果の『夜間飛Photo_7 行』や『人間の土地』は、この世の人間のありようを描きながら、片方にはぽつんと空に浮かんでいる星のような視点もあって、好きだった。

サン=テグジュペリについては、その後また、思い出すきっかけがあった。西アフリカに行ってバオバブがいかに有用な木か、ということを知った時だ。『星の王子さま』では、バオバブは悪い木とされていたので、私も長いことそう思い込んでいた。『アフリカの大きな木 バオバブ』(アートン)を訳したのは、私と同じように日本人の多くが信じているだろうバオバブ有害説をくつがえしたいと思ったからだ。私の仕事場にはいま、種から育てたバオバブの苗が七本、すくすくと育っている。

その後出版社に入って児童書の編集にたずさわったが、児童書のことはほとんど何も知らなかったことに気づき、三年で辞めてイギリスに渡る。そしてイギリス人

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家庭でベビーシッターなどをしながら四年も過ごすのだが、このときは子どもたちが寝る前に本を読んであげるのが私の役目だった。子どもの生の反応に触れながらいろいろな本を読んだ体験が、私の財産の一つになっている。当時七歳、五歳、三歳の子どもたちが、げらげら笑い大喜びした幼年童話があった。それは、寝ている間に倒れてきた分厚い掲示板に体をぺちゃんこにされた少年の物語。少年は体が変形してしまったことを逆手にとって、封筒にもぐりこんで旅をしたり、凧になって空に舞い上がったり、夜の美術館で泥棒をつかまえたりする。文章もユーモアたっぷりなうえに、トミー・ウンゲラーのゆかいな絵がついているのも魅力だった。後のこの童話も翻訳して出版し、今でも版を重ねている(『ぺちゃんこスタンレー』あすなろ書房)。

(三鷹の森ジブリ美術館発行「季刊トライホークス」2013年2月27日 掲載)

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