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« 『ラミッツの旅:ロマの難民少年のものがたり』 | トップページ | 『生きる:劉連仁の物語』 »

2016年6月10日 (金)

『そして、ぼくの旅はつづく』

Photo_2 『そして、ぼくの旅はつづく』
の読書会記録

サイモン・フレンチ著
野の水生訳

福音館書店 2012.01

原題:WHERE IN THE WORLD by Simon French, 2002



マリンゴ
: 苦手です。以上。なんて(笑)。こういう右脳で書いた純文学っぽい本が、もともと不得手でして。いや、それでも、興味深く読めるものもあるのですが、この本の場合は、主人公に特別な才能があって、“特殊な物語”というふうに読めてしまうので、感情移入しづらい。自分が子どもの頃でも、あまり入り込めなかったと思います。

ハル:単館上映の映画のような雰囲気のある作品ですね。世界が優しくてきれいで、出てくるひともみんなあたたかくて、読後に余韻が残るような。だけど、これは好みの問題なんだと思いますが、読むのが退屈でした。どうしてこの子は人前でヴァイオリンを弾きたがらなくなったんだろうといったことにはじまり、さまざまな登場人物たちのさざ波のような心の機微に寄り添えなくて、これは一体なんの話なんだろうと、実はラストの手前あたりにくるまで、よくわからないまま読みました。

西山:すらすらとページはめくれませんでした。地名は出て来ますけど、ロードムービーのような移動していく旅の感覚は無かった。あくまでも音楽の物語で、おじいさんと孫のお話。そのおじいさんとメールや電話でつながっていても、やはり物理的に離れている切なさはありましたが。あんまり、のめり込んでは読めませんでした。

レン:私は、時間はかからず読めました。でも、ヴァイオリンの才能があって、外国に行っても、わりにすぐ英語も話すようになって順応して、6歳の頃からわがままも言わず、お母さんにもこれほど思いやりを持っている、こういう優等生というのか、天使のような子のどこに、ごく普通の日本の子どもは心を寄り添わせるのかしらと思いました。何をおもしろがればいいのか、私はよくわかりませんでした。だれにでもぜひ、と勧めたいとは思いませんね。

レジーナ:口当たりのよい作品ですが、淡々と描かれているので、捉えどころのない印象を受けます。おじいさんの死を予感させる場面から、死んだあとの場面への切り替えは映画的ですね。おじいさんの死についてははっきりと描かれていなくて、読者にはそれでもわかるし、作者はわざとそうしているのでしょうが、作品の中で重要な部分なので、正面からぶつかって描いてもよかったのでは。福音館は、読み物の装画(小林万希子)もすてきですね。 

さらら:翻訳の工夫なのか、ドイツ語のあとにかならず日本語の訳が入っている。主人公のアイデンティティは、ドイツにあるのかな。

ハリネズミ:でも、ドイツ語はだんだんに忘れてしまいますよ。

さらら:ところどころに入る音楽や心情の描写は、とても巧みだったけれど。

ルパン:音楽を文章で表現することはとても難しいと思うのですが、それが成功しているところが随所にあって、その点ではものすごい筆力だと思いました。ただ、残念なことに、それとストーリーがリンクしていなくて、物語の奥行きを広げることにつながっていない気がします。読み終わったときに、いったい何の話だったのか、というのがよくわからない。ものすごくドラマチックでなくてもいいんです。日常の小さな場面をつなぎあわせたような物語はたくさんありますから。ただ、この本は、その小さな場面がつながっていないし、メリハリもない。一人称の書き方がまずい気がします。地の文に統一性がないので、読者に語っているのか、オーパへのメールなのかがわかりにくかったり…これは翻訳の問題なのでしょうか? それから、時系列が行ったり来たりするのも、手法の使い方がうまくない気がします。混乱を招くだけのような。クライマックスは、亡くなったオーパに宛てたメールを継父のジェイミーに見つかる場面なのでしょうが、それのどこがいけないのかがわからないから説得力に欠けますよね。実父へのメールであれば継父が傷つくであろうことも理解できるのですが…おじいちゃんなのだから、いつまでも慕っていても、別にいいですよね? あとから現れた継父があれこれ言うのは筋違い。そう思うと、この場面、むしろ興ざめになってしまいます。

アンヌ:なんというか、ピンと張った糸のようなうまい物語ではないと感じました。エピソードが絡み合っていなくて、最初の方に出てくる金曜日の少年も、もう少し子供同士の物語があればいいのに、もったいないなと思いました。各章で繰り返されるドイツ語の言葉は、外国に暮らすとこういう感覚になるのかなと興味深く感じました。ヴァイオリンの練習場面がとても多く描かれ、それでも教師とうまくいかないエピソードとかもあり、生まれつきの才能を持つこの主人公が、じっくり音楽家として成長していく過程を描きたかったのだろうかと思いました。

ハリネズミ:確かに才能のある子どもの話だし、もっとドラマチックな物語と比べると盛り上がりに欠けるかもしれません。私も最初読んだときはそう思ったのですが、訳者の方の後書きにはこうあります。「新しい土地、新しい言葉、新しい父親――これほどまでに環境が変わったのでは、身がまえない子はいないでしょう。かたくなにならないほうがふしぎです。それにアリは、大好きなオーパからも引き離されているのです。自分を抑え、目立つまいとするあまり、ヴァイオリンを弾くことを、学校ではみんなにないしょにしていました。そして、ひとり、カフェの庭でヴァイオリンを弾きながら、幼いころを振り返り、出会いを思い、別れを思い、時の流れを行きつ戻りつするうちに、閉ざされていた、一枚の、心の扉の前に立つ……。」そうなんですね。感受性の強いアリのような子どもにとっては、生き死にがかかわらないことでも、やはり大きな問題で、いい子でいるのも、自分をなるべく抑えようとしているからなのかもしれません。そう考えてもう一度読んでみると、いろいろな点でなるほどと思うところがありました。

 

レン:これほどバイオリンのうまい子でも新しい先生になじめないんだと思ったという意見がさっき出ましたが、この子は手作りの練習曲集でおじいちゃんに習うのに慣れていたから、普通の音楽教育に近いリー先生のやり方になじめなかったのではないでしょうか。

(2016年5月の言いたい放題)

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