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2017年4月

2017年4月29日 (土)

『リトル・パパ』

Photo_3 『リトル・パパ』
の読書会記録

パット・ムーン 作
もりうちすみこ 訳 
タカタカヲリ 挿絵 
文研出版 2015.05
原書:LITTLE DAD by Pat Moon, 1998





ルパン
:まったくもっておもしろくありませんでした。ほかの2冊(魚住直子の『てんからどどん』とアレックス・ジーノの『ジョージと秘密のメリッサ』)は、入れ替わりによって主人公が成長していく物語ですよね。でも、これはおとなと子どもが入れ替わったことに何の意味があるのかさっぱりわからない。結局、入れ替わってよかったと思えるのはパパの絵が出版社にウケたことくらいでしょ。最後はいきなりヘンなマンガになっちゃってるし。この本のなかで唯一良いと思えるのは、あとがきの中にある、訳者の叔母さんがそっくりの双子で、ある日制服を交換して互いの高校に行った、というエピソードです。この作品全体より、このあとがきのほうがよっぽどおもしろいです。

カピバラ:パパがクマになったり、金魚になったり、中学年向きの本によくあるんですけど、それでどんなに大変なことになるのか、どんなに家族がドタバタするのかがおもしろいわけですよね。でもそこがあまりおもしろく書けていなかったと思います。ドタバタだけではなく、入れ替わったからこそできることとか、予想外の効果とかがないと物足りない。それに、赤ちゃんってこんなしゃべり方するかな? 赤ちゃん言葉がありきたりで、つまらなかったです。

さららん:すぐに読めてしまったけれど、全体的に「荒っぽい」印象を受けました。なにが荒っぽいのかなあ。赤ちゃん言葉のつくりかた? 中身はパパだけど、外見は2歳児の存在を、子どもはおもしろいと思うんでしょうか?

カピバラ:おもしろいと思って書いてるんじゃない?

ネズミ:何も言えません。おもしろいと思えませんでした。お父さんのセリフもおっさんくさくて、入れ替わった弟にもお父さんにも気持ちを寄せられませんでした。

レジーナ:人間が別のものに変身する話は、それをきっかけに、自分という存在や、まわりの人たちとの関係性を見なおすことに意味があると思うのですが、この本はドタバタでおわっている気がしました。p93で子どものホリーが言っている「みすみす」や、p30の父親のセリフの「おねしょの心配はご無用です!」など、言葉づかいもところどころ不自然で、のりきれませんでした。最後の場面がマンガになっているのはなぜでしょう?

リス:高齢で、脳の働きがゆらいでしまった人でも、時にはしっかりとした自意識があり、思いがけない反応ぶりを見せるということを私は実際に体験しています。私は外国に住んでいてこの本は一度も見ていないので、どんな文脈や文章の中にあるのかは分かりませんが、一つの言葉にとらわれないことも大事だと思います。でも何といっても、このようなシビアなテーマには、ユーモアの質が問われますね。

西山:読みにくかったです。どっちのことをさしているのか、うけとりにくくて若干イラつきました。体の大きなお父さんが、身体的にはいろんなことができなくなるわけですが、それがドタバタのネタになるのか。障がいのある人のことが浮かんで、ぜんぜん笑えなかった。むしろ、ざわざわさせられて、不快感を覚えました。みなさんの感想を聞いていて、『お父さん、牛になる』(晴居彗星作、福音館書店)というのを思い出しました。フンの始末に困るシーンとか強烈だった。あのくらいシュールだとまだいいように思うけど・・・・・・。

ハル:わたしは、おもしろくないどころか、読んでいて傷ついてしまいました。「グロテスク」という表現が使われていましたが、そのあたりからどんどん気持ちが暗くなってしまって。高齢者の自動車事故のニュースなどもよく話題になりますが、それに限らず、こういう現実だって身近にあるでしょう? なんにも考えずに、わあ大変だ!って、ドタバタを楽しめばいいのかもしれませんけど……やっぱり、ただ楽しければいいってもんじゃないと思います。

サンザシ:この物語の家族像は、ジェンダー的にみるととても古いですね。父親=家長という図式です。それから、突飛なシチュエーション設定にするのだったら、入れ替わったときのリアリティもちゃんと書いてもらわないと。ベンジーは2歳という設定なのに、体が大きくなったとたんパパの靴や服をどんどん脱いでしまう。大人の服にはボタンやジッパーやひもなどいろんなものがついてることを考えれば、たとえ体は動かせるようになったとしても、実際には無理ですよね? また、パパは「おむつを外せ」と何度もどなるんすが、出版社に受け入れられるだけの絵が描けるくらいなら、おむつなんか自分ではずせます。p74には「こんなおにいさんがいるのもいいわね」「そうだね。ぼく、ずっとおにいさんがほしかったんだ」ときょうだいが会話をしていますが、前とのつながりがないのでそこだけとってつけたように浮いています。物語の中のリアリティがぐずぐずなので、えっ?と思ってしまってちっとも笑えませんでした。

げた:絵がもう少しかわいいといいのにね。赤ちゃんになったお父さんが全然かわいくなくって、気に入らないなあ。それに、赤ちゃんになったパパは結構「赤ちゃん」の状態を楽しんでいるのに、赤ちゃんになったお父さんはそうでもないですよね。赤ちゃんになったお父さんが活躍する場面を登場させたらよかったのにね。

コアラ:p10の「きったないタオルケット」は、関西弁のようでおもしろいと思いましたが……。

よもぎ:単なる強調じゃないかしら?

コアラ:あまりいい絵ではなかったけれど、p104からのマンガの部分は、子どもが読んだらおもしろがるのではと思いました。最後、p126で、「パパは今、新しい本にとりくんでいる。題名は『リトル・パパ』」とあるので、この本がまさにそのパパが書いた本、という設定にすればよかったのに、せっかくのアイデアがうまく生かされていなくてもったいないと思いました。

よもぎ:お父さんと赤ちゃんが入れ替わるドタバタがおもしろいと思って、作者は書いたのかしら? ちっともおもしろくなかったし、読んでいるうちにどっちがパパか赤ちゃんか混乱してきました。原書にも最後のほうのマンガがあるのかどうかは知らないけれど、おもしろさが足りないと思って、サービスで入れたのでは? いちばんまずいなと思ったのは病院の場面。どうしても、認知症などの障がいのある方たちとダブってしまって(入れ替わったことを知らない、ほかの人たちには、当然そう見えたことでしょうし)さららんさんは「荒っぽい」とおっしゃったけど、ずいぶん無神経な作者だなと思いました。子どもたちに薦めたい作品ではないですね。

アンヌ:ネットで原作の表紙絵を見ましたが、すね毛だらけで、もっとひどい感じです。こちらの絵はあごの線がないところが松本かつぢ風で、特に赤ちゃんの絵がかわいい。でも、マンガのところは原作と同じ仕組みなのでしょうか?あまりマンガとしてもおもしろくありませんでした。

しじみ71個分(メール参加):楽しいエンタメ物語だと思った。入れ替わりによって成長も何も起こらないところが気楽だった。教育テレビでやっているアメリカのホームコメディのようだ。ドタバタがあって、ドキドキがあって、やっぱり元に戻って良かったというだけの話だけれど、この単純明快さは小さい子にも楽しめるのではないか。言葉や訳にも気になるところは特になかった。

マリンゴ(メール参加):かわいらしい物語でした。入れ替わってからのドタバタが、ちょっと長い気がしましたが、子どもはこういう繰り返しが好きだろうから、いいんでしょうね。

エーデルワイス(メール参加):日本人の挿絵が原作とピッタリ合っていたが、原作には挿絵がなかったのだろうか? パパの体になったペンジーのやり放題がおかしい。赤ちゃんとパパの体の入れ替えのお話は、珍しいかも。楽しく読めた。

(2017年3月の「子どもの本で言いたい放題」より)

『ジョージと秘密のメリッサ』

Photo_2 『ジョージと秘密のメリッサ』
の読書会記録


アレックス・ジーノ 作
島村浩子 訳
偕成社
2016.12
原書:GEORGE by Alex Gino, 2015



ネズミ:とてもおもしろく読みました。気持ちよく、後味もとてもよかったです。本当の自分をなかなか外に出せないジョージに、ずっとケリーがよりそっているのもいいし、最後にお母さんが認めてくれるところがいい。悩んだり悲しんだりする、いろんな心理描写が子どもらしく納得のいく表現で描かれていて、説得力があると思いました。

レジーナ:ジョージの描写にリアリティがあって、胸がいっぱいになりました。ケリーが友だちとして支える姿もよかったし、スコットが、はじめはトランスジェンダーをゲイとまちがえたり、とんちんかんなことを言いながらも受けとめようとする場面もとてもよかったです。

リス:この本のテーマを知って、作家が創作活動を通して、どれだけ社会に貢献していることかと、改めて意識しました。タブーとなっていた、いろいろなテーマが作家によって本となり、子どもも大人も、現実世界に生じている事柄や問題に目を向けることができます。例えば家族関係や、子どもの自立性などでは、両親の離婚問題から始まり、老人問題、パッチワークファミリー……などと、家族、子ども像が変容して行くさまを。性に関わる児童書も出るようになりました。優れた児童書はいろいろな社会現象や問題について自由な目で、深く取り下げ、啓蒙的な役割を、時には積極的に、あるいは大胆に担ってくれていると実感しました。

 それにしても、子どもが離婚した父親に対して、「いい人だけど、父親向きじゃない」と言うくだりに、新鮮ながらも、ある種のほろ苦い感慨を覚えました。今の子どもたちは親をそんなふうに批判できるのかと。あるいは人間の幸せのために作家が本の中でそのように言わせているのかと。さまざまな人間の生き方や考えを読者にアプローチしていく作家の姿勢が印象的でした。

西山:たいへんおもしろく読みました。トランスジェンダーの人がどういうときにストレスを感じるか、ああ、こういうことがこんなふうにつらいんだ、ということを初めて知った気がします。テーマとは全く関係ありませんが、食事の場面や、学校の送り迎えの場面で、おお、アメリカ!と思って、いやぁ食事がひどいなぁと、翻訳もので異文化に出会うというのを改めて実感しました。ひっかかったのはp94、「英語」と訳しているのは、「国語」の方がいいのでは? 子ども読者は自分たちにとっての「英語」と同じように捉えるのではないかと思うので。この作品を読んでいたとき、トランスジェンダーの多さを新聞記事で読んで、ふと、性別なんて血液型占いみたいなものじゃないかと思ったんです。血液型どころか、すべての人間を女性か男性かというたった2つの型に分けて、こういうものと決めつけるのは、ものすごくナンセンスに見えてきました。でも、世の中はまだまだ、一人一人をありのままで受け止めるには至っていないから、いかに生きにくいかを伝えてくれるこの作品はありがたいです。日本の最近の作品でも、「オネエ」とか「オカマ」とか、身をくねらせて女言葉で笑いを取るとかいう場面が結構あると感じていて、ものすごく認識の遅れを感じます。

サンザシ:「国語」か「英語」かというのは難しいところです。そもそも「国語」という表現は、国家の言語という意味で、ほかの国では使いませんから。日本の子どもになじみのある表現を大事にすれば「国語」になるかもしれませんが、異文化を伝えるという方を重んじれば「英語」という訳語にするかもしれません。

クマザサ:この本はかなりぐっときました。男の子らしさや女らしさの押しつけというある種の規範のなかで、息苦しさを感じている子は、きっとたくさんいると思う。主人公の心の揺れをていねいに追っていくところがいいですよね。翻訳もののYAなんかを読んでいると、LGBTをテーマにした本が最近はいろいろ出ていますが、同性愛をあつかった作品が比較的多くて、トランスジェンダーをテーマにしているのは珍しいと思います。動物園にいく場面も、すごくいいですね。この子の解放感がすごく伝わってきます。読んでいて切なく、苦しいところが多いけど、最後に自分らしくあることの喜びを感じさせて終わっているところに、とても好感をもちました。私は志村貴子さんの『放浪息子』(エンターブレイン)というマンガが好きなんですが、このマンガも、男の子になりたい女の子と、女の子になりたい男の子の話を描いています。ジェンダーのことや、子どもの気持ちをすごくていねいに拾ったいい作品です。ただ、こういうことを伝えるチャンネルは、マンガだけじゃなく、たくさんあってほしい。とくに子どもの本にこそ、あってほしい。そういう意味で、この本が出たことは率直にうれしいです。

ハル:すてきな本ですね。ケリーもお兄さんもお父さんも、みんなそれぞれに違う形の愛があってすごくいい。愛があふれてる。ジョージと親友のケリーは1週間ほど話せない期間がありましたが、もしかしたらそのときケリーには、ジョージの告白をどう受け止めるかという葛藤もあったんじゃないかと思います。でもそこを書かないでいてくれたことで、もし自分がこういう場面に出会ったら、こんなふうにぴょんと垣根を飛び越えて受け止めちゃえばいいんだよっていう例を見せてくれたような。LGBTだとかなんだとかあれこれ考えないで、ケリーみたいに受け止めればいいんだって。……すごくいい本だと思いました。

サンザシ:作者自身もトランスジェンダーということなので、心理描写がリアルです。ジョージの母親や兄との関係も、だんだんよくなっていくんですが、それも自然な流れで描かれているのがいい。それと、女性の校長先生が、校長室に「ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダーの若者が安心してすごせる場所を」と書いたポスターを貼っていたり、ジョージの母親との面談で、「親は子どものあり方をコントロールできませんけど、ささえることはまちがいなくできます。そう思いませんか?」(p138)と言ったりする。そういうちゃんとした教育者に描かれているのもいいな、と思いました。最後のほうにジョージ(メリッサ)が女の子の服を着て女の子になって動物園に行ったときの解放感や高揚感が描かれているんですけど、私は、それほどまでに自分を抑圧しなくてはならなかったんだということを感じて、胸を打たれました。ジョージは、シャーロットの役を演じれば、家族にも自分が女性なんだとわかってもらえると思いこんでいるわけですが、そこはちょっと疑問でした。英語では女性の台詞と男性の台詞に日本語ほど差がないし、シャーロットは人間ではなくクモで見た目も人間ほど性別がはっきりしないので、そんなに効果があるのかな、と疑問に思ったのです。

げた:認識不足で申し訳ないんですけど、私はゲイとトランスジェンダーの区別がついていなかったんです。でも、違うんだってことがわかりました。そういうことがわかるってだけでもいいんじゃないかな。こういうテーマを扱った子どもの本を読むのは初めてなんですけど、もっと出てくるといいなと思いました。

コアラ:今回のテーマ(「自分ってなに? 心と体のずれのなかで」)にぴったりで、とてもよかったと思います。トランスジェンダーの子の気持ちもよくわかりました。ケリーがすごくいい対応で、本当にいい親友がいてよかったね、と思いました。なんでこんなに作者はジョージの気持ちが書けるんだろうと思っていたけれど、あとがきに作者はトランスジェンダーとあって、納得しました。あとがきには、この本の完成まで12年もかかった、ともありましたが、時間をかけただけあって、よくできていると思います。気持ちよく読めました。ジョージがシャーロットを演じた後とか、ケリーの洋服を借りるところとか、p213「メリッサは、おなかの底からぬくもりがこみあげてきて、指先へ、つま先へと、波のようにひろがっていくのを感じた。」というところとか、幸せ感がとてもよく伝わってきて、読んでいて顔がほころんできました。でも、訳は、ところどころ気になりました。p11の4行目「よお、弟」は、日本語では「弟」とは呼ばないだろうと。p38の1行目「わお、ケリー」も、英語の言い方そのままだし、もう少しうまく訳してほしいと思います。全体として、トランスジェンダーの人にどう接したらいいかがわかる本だと思いました。どんなきっかけでもいいから、子どもや親に読んでほしいし、どう接すればいいかわからないから変だと排除したりすることも、このような本を読めば、かなり減るのではないでしょうか。装丁も、読み終わってから見ると、口元を隠しているようにも見えるし、バツでなく丸の中にジョージがいるようにも見えて、深読みのできるおもしろい装丁だと思いました。

リス:表紙の白の余白が効いてますね。タイトルの中の一語“秘密”って、どんなことなのかしらと、読者の想像を駆り立てるように。私は、コアラさんがおっしゃった「弟」という訳語には違和感を持ちませんでした。日本ではあまり耳にしない言い方でも、外国ではよく使われる、ということで、訳文に取り入れれば、日本語の表現がまた一つ豊かになると思えますが。お兄ちゃんはそんな言葉使いで威張っているのでしょう。

よもぎ:とても良い本ですね。感動しました。この本を読むまでは、LGBTを取りあげるのはYAからと漠然と思っていたけれど、トランスジェンダーの人たちは、小学生のころから悩んだり、悲しい思いをしたりしているんですものね。小学生を対象としてこの物語が書かれているということに、大きな意味があると思いました。トランスジェンダーの子どもたちにとっても、そのほかの子どもたちにとっても、読む価値のある作品だと思います。作者自身の体験にもとづいているので、主人公のジョージはもちろん、お兄ちゃんやママやパパ、ケリーや校長先生も、生き生きと描けている。それから、『シャーロットのおくりもの』に全校で取り組むというプログラム、すてきですね。日本の学校でも、こういう取り組みをしているところがあるのかしら。中島京子さんの『小さいおうち』(文藝春秋)もそうですが、こんなふうに名作を下敷きにしている作品って、なんともいえないハーモニーをかもしだして、感動が倍増されますね。ただ、日本の子どもたちは「シャーロット」を読まないうちにこの本を読むと、なんというか、もったいない気がするけれど……。

アンヌ:題名に引かれて手に取って、何度も読み返しました。誰かとこの本について語り合いたかったので、ここで読めて嬉しいです。なんといってもこの本には、トランスジェンダーである苦しみとともに、ジョージの喜びについて書いてあることが素晴らしい。女の子としての自分を想像するときのジョージの幸せな気分、「ごきげんうるわしくていらっしゃる」という言葉から浮かび上がるシャーロットの象徴する女性像に憧れる気持ち、舞台でシャーロットを演じる時の役者としての喜び。そして、女の子の服を着てお出かけをするという喜び。普通ならお芝居の場面ぐらいで終わるところですが、この最終章があるのが重要なのだと思います。ここを読むと、トイレの問題が描かれていて、今アメリカで問題になっている「だれでもトイレ」などの必要性もわかります。親友のケリーだけではなく、ゲイと勘違いはしているものの、父や兄も見守ってくれているところに、学校でつらいことがあっても見てくれている人はいるんだよという作者のメッセージを感じます。その他にも、メッセージを感じるところは多々あって、p54のトランスジェンダーの女性がテレビで語る場面で「手術をして取りたいのか、取っているのか」と訊かれるところ。これは、p157で兄もジョージにたずねますが、ジョージのこれからの人生で何度も訊かれる事を、「それは自分と恋人以外の誰にも関係ないことだから答える必要はない」と知るのは重要だと思います。さらに、ホルモン抑制剤のことも2回出てきます。この本が、小学校3、4年生が対象なのは、思春期前の間に合ううちに子供たちにそのことを知らせたいからだと思います。トランスジェンダーの問題は多様です。体を変えなくては生きていけない人もいれば、異性の服装をすることによって解放されて生きていける人もいる。恋愛対象も様々です。ジョージの恋の対象がまだわからないと書いてあるのも、自分で選べる時まで決めつけなくていいんだよという、メッセージだと思います。感動して『シャーロットのおくりもの』(E.B.ホワイト作 さくまゆみこ訳 あすなろ書房)も読み返したのですが、ここで描かれる農場で繰り返される生と死の物語に託して、作者はジョージに短い生の中で、幸福にせいいっぱいに生きて欲しいという気持ちを表したかったのだと思いました。

ルパン:これは、何かすごい迫力のある作品だな、と思いました。この主人公は、「女の子になりたい」とはひとことも言っていないんです。「自分は女の子なんだ」って言いきってるんですよね。自分が信じていることを理解されない孤独感や苦しみもしっかり伝わってきます。動物園のシーンでは、初めて身も心も女の子になれた喜びが描かれていますが、この先のいばらの道を思うと読者としては手ばなしに「よかったね」と言えない気もしました。そういうことも覚悟のうえで自分を解放したということでしょうか。やっぱり真に迫るものがありますね。『てんからどどん』(魚住直子作 ポプラ社)はスカッとした清涼飲料水でしたが、これはあとあとまで残るコクのある飲物のようでした。

サンザシ:この子の将来は決して楽ではないと思いますが、それでも、理解してくれる人がゼロから複数人に増えたんだから、希望のある終わり方なんだと思います。

ルパン:アメリカ人の友人が、自分の息子が「女の子である」ことを早くから認めて、5歳くらいからsheと呼ぶようになったんです。服装もスカートやドレスで。男の子なのに女の子として生きさせることにする、と親が決めるのは早すぎる決断だ、と今までは思っていたんですけど、この作品を読んだあと、本人が実際にこのように感じているのであれば正しい選択だったのかもしれないと思うようになりました。

カピバラ:アメリカではラムダ賞やストンウォール賞など、LGBTを取り上げた本に与えられる賞もあって評価されているけれど、日本ではまだまだ手をつけていない分野です。この本は多様性を理解する本としてすばらしいと思いました。LGBTに限らず、人間関係の中で、思い込む、決めつける、ということがどんなに理解をせばめているか。そこに気づかされるところがいいと思いました。またこの本の読み方は2通りあって、ジョージと同じような子どもが読む場合と、それ以外の子どもが読む場合が考えられます。前者の場合、トランスジェンダーといってもいろんなケースがあるので、全部に共感するわけではないかもしれませんが、細かい部分の描写がリアルなので共感を得られると思いますし、後者の場合も、知らないことを知る、理解することができると思います。どちらもある程度成功しているといえるんじゃないでしょうか。

さららん:トランスジェンダーの人たちに対するテレビのドキュメンタリーで、「シスジェンダー」と言う言葉を使っているのに出会いました。「生まれた時に割り当てられた身体的性別」と「自分の性自認」が一致している人を指す言葉だそうで、こういう言葉ができたこと自体、すごい進歩ですよね。私たちが当たり前だと思いこみ、その当たり前を要求することが、トランスジェンダーの人を傷つけていく。異質な者を差別する根の深さと、理解することの困難を改めて思いました。トランスジェンダーとは違いますが、同性同士で結婚できるオランダでも、性のあり方の違いが受け入れられない人はまだまだいて、ひそかな偏見は残っています。この作品は、みなさんの言うとおり、子どもたちにトランスジェンダーを届けるのに、とても良い物語でした。ただp33の「午後の短い影が、大通りを走るジョージの前をすすんでいく」など、自然描写の訳にややわかりにくい部分があり、惜しいな、と思いました。

エーデルワイス(メール参加):新訳の『シャーロットのおくりもの』は私も大好き。シャーロットの気持ちを思って涙を流すジョージが素敵です。この作品を題材にした小学校での授業はいいですね。それだけアメリカでは普遍的な物語なのですね。小学校の劇でもオーデションをするところがさすが! ジョージがシャーロットの訳を熱望するところが胸を打ちます。ジョージの心の動きが丁寧に書かれていて、トランスジェンダーを理解する1冊だと思いました。親友のケリーと兄のスコットがとてもいい。トランスジェンダーで悩んでいる多くの人にもケリーとスコットのような人たちが寄り添ってくれますように・・・。「親は子どものあり方をコントロールできませんけどささえるこれはまちがいなくできます」と、ジョージのママに校長先生がいう言葉は名言だと思います。

マリンゴ(メール参加):とても興味深く読みました。私自身が、いわゆる「女子力」が低いこともあり、そこまでスカートを履きたい? そんなにお化粧したい?など、若干、ぴんと来ないところもありましたが、著者ご自身が、トランスジェンダーなので、説得力があって、ああ、そうなのかなと納得した次第です。p191で、雑誌の入った手さげを、そのまま返してもらえるという、効果的な小道具の使い方が、とてもいいなと思いました。


(2017年3月の「子どもの本で言いたい放題」より)

『てんからどどん』

Photo 『てんからどどん』
の読書会記録

魚住直子 作
けーしん 挿絵
ポプラ社
2016.05





げた
:さらっと読めちゃったんですけど、なんとなく道徳の副教材を読んでいるような気がしてきました。そうはいっても、最後まで楽しく読めたし、話の筋を楽しみましたよ。入れ替わることで、お互いのいいところとか悪いところとかを客観的に、見つめることができるんですよね。まあ、そんなに深く読み込まなきゃいけないって感じの本じゃないなと思いましたけど。嫌いじゃないな。まあ、そんなところです。

コアラ:体が入れ替わる、という話はよくあるだろうと、ネットで調べてみたら、入れ替わりが出てくる作品をまとめたサイトがあって、やっぱりコミックでも小説・児童書でもたくさんありました。その、よくあるモチーフで無難にうまくまとめた作品という感じでした。カバーや人物紹介の絵がいいなと思いました。今井莉子の絵にけっこうウケて。よく特徴をとらえているなと思いました。森田くんは、今井莉子だけの関係で出てきたのかと読み進めていったら、かりんとの恋の話になっていって、少ない登場人物をうまく使っているなと思いました。ただ、中学2年生の女の子なのに、かりんも莉子も親に反抗していなくて、いい子だから、ちょっと違和感がありました。全体に、かりんも莉子も入れ替わりでいい方に変化するし、あまり深く悩まず、軽く誤解が解けたり自分を見つめ直したりして、いい子たちだな、と思いました。かりんと森田くんは恋がうまくいきそうなので、莉子にも恋が訪れたらいいなと思いました。

ルパン:いい話だな、と思いました。まあ、実際に入れ替わったらこんなもんじゃないだろう、とは思いましたが。読後感がとても良かったです。さっぱりしてて。私は道徳くささは感じませんでした。みんな良い方向におさまって、すかっとしたし。中味が濃いわけではないですが、それだけに清涼飲料水的なさわやかさで楽しく読ませていただきました。

カピバラ:入れ替わりの話っていうのは、状況自体がおもしろいんですよね。だから読者も、入れ替わったらどうなるんだろうという興味で引き込まれて読んでいけるということがあると思います。この話は、入れ替わるところだけが非現実なんです。だからちょっと嘘くさく感じるけれど仕方ないかなと思いました。軽いノリで読めば楽しめるタイプの話なんじゃないかなと。入れ替わったときのギャップとか、他人がそれに対してどんな反応をするのか、というところがおもしろく書けていればいいと思います。その意味では実際の中学生にも読めるし楽しい話だなと思いました。

さららん:軽いノリの「かりん」と、内気でもさもさしている「莉子」の対比がおもしろかった。最後にみんなでダンスを踊る大円団は、できすぎかもしれませんが、素直に好感が持てました。どうしてかなあと考えると、この物語、全体のトーンは軽くても、魚住直子さんらしい、身体性を感じさせる文章がところどころにちゃんとあって(例えば、入れ替わった体の重さを伝えるのに、「水の中を歩いているみたい」のような表現をするとか)、重しになってるんです。クリシェを重ねることの多い、ラノベの文体とは違っているみたい。マンガはいっぱい読んでいるけど、もう少し何か読みたいって子に、ちょうどいい本かもしれませんね。最後のほうで登場する「いかずち」は、もう少しフォローがあったほうがよかったような気もしますが……。

サンザシ:「いかずち」は、稲妻の化身みたいなものなんでしょうか。

ルパン:183ページのうしろから4行目に、入れ替わりから戻ったときの感覚を「指先のあまらない手袋をはめたときみたいにすみずみまで自分だという感じがする」とありますよね。こういうところ、すごくうまいと思います。

ネズミ:最初は「もしかして、これ、苦手かも」と不安でしたが、読み進めるとそんなことはなくて、楽しく読めました。このくらいの子って、自分はこんなふうと決めつけて、その枠からなかなか出られないところがあるじゃないですか。ドタバタふうだけれど、この本は他人になることで見えてくる発見や新しい視点を通して、もっと自由にものを見ていいよ、大丈夫だよと背中を押してくれる気がしました。莉子はだめだと決めつけていたのに、かりんが説得したらお母さんはコンタクトにしたり美容院に行ったりするのを許してくれるとか。シンプルな文体でややベタに(とはいえ、ベタベタではなく)書かれているので、普段それほど本を読みなれていない読者でも、マンガタッチの表紙にひかれて手にとっておもしろく読み通して、何か感じてくれるんじゃないかしら。読書へのいい入口になる本だと思いました。

西山:みなさんおっしゃるのを、そうそうと思いながら聞きました。出だしは結構どろどろしていて、莉子がネット掲示板について「どこもぐちやなやみであふれていて、読むたびうんざりしながらもほっとする」(p6)なんてある。そういうことを書くのが魚住さんだなと思いました。かりん像が新鮮で、「その日もしゃべって走りまわっているうちにあっというまに学校がおわった」(p12)とか、いたいたそういうタイプって、笑っちゃいました。ほんっとに話を聞いてなかったり……ああ、あの子たちの頭の中こんなふうだったのかと妙に納得しました。リアルな世界にはこういう落ち着きのない子がいるのに、物語ではあまりお目にかからなくて、新鮮でおもしろかったです。だから、入れ替わったときのギャップもあって、だからこそ入れ替わりが生きてたんだなと。あと、好きだったのは例えばp66の後ろから2行目。「待たなくてもいい。掃除しろといえばいい」と、部屋を片付け始めたのに感動して「いつ気がついてくれるか、待ってたの」と目をうるませている莉子のお母さんをバサッと切っている。こういうところ、ずいぶんタッチは変わったけれど、最初の頃の魚住さんの厳しさを見るようで好きでした。中学生が読んで、おもしろかったよと口コミで広げることのできる本だなと思います。

ハル:私も、すごくバランスのいい本だなぁと思いました。お話自体は軽くてさらっと読めてしまいますが、表現のおもしろさはちゃんとあって、文学すぎず、軽すぎず。普段本を読まない子が読書のおもしろさを知るきっかけになるような、ちょうどいい本なんじゃないかなと思いました。キャラクターの設定もなかなかリアルですよね。だいたいこういうのって、外見が地味な子は内面がすごくいい子で、派手な子は改心する、というケースが多いように思いますが、そのパターンにはまっていないところもよかったです。コアラさんに同じく、莉子にも最後、もうちょっといい思いをさせてあげたかったけど、この1歩を踏み出せただけでも、莉子にとっては大変身なんですよね。

サンザシ:私も、表紙を見てラノベかなと思ったのでそんなに期待しなかったのですが、おもしろく読みました。まったくタイプの違う二人が入れ替わって、それぞれ普段ならできない体験をしてみるというところは、うまく書けているなあ、と思います。登場人物は、かりんのお父さんなどステレオタイプの人もいるので、ラノベっぽいですが、その割りに教訓的ですね。お互いのいいところを認め合うようになって、次の1歩を踏み出すことが奨励されているみたいな。でも、この内容をすごくまじめに書くとだれも読まないと思うので、こういう書き方もありだと思います。中学生くらいだと、自分の存在に自身がない人も多いので、おもしろく読んで考えるきっかけをつかむにはいい本だと思います。

レジーナ:私は物足りなかったです。さらっと読みました。謎の男の正体が最後までよくわからなくて、消化不良です。かりんの父親の描き方もステレオタイプで、人物造形や展開がラノベっぽくて……。エンタメならもっと楽しく読めないと。こういうのが好きな子もいるのでしょうが。

リス:その“なぞの男”は一応登場人物の一人ですが、中身がない。そのため、現実には起こり得ないことを可能にする力は持っていても、作品全体の中では存在感が薄い。創作上、彼にあたえられた役目、意味合いは、この作品がファンタジーというジャンルに属していることのアリバイとか、象徴を成しているだけだと思えます。便宜上、とってつけたと言う感じがしなくもありません。また、文体については、日常生活での会話がそのまま文字化されていますので、わざわざ、字を追って行くことにまどろっこしさを覚え、読書になかなか気乗りがしませんでした。それで読後の印象も薄かったです。同じ作者の『園芸少年』(講談社)は作品世界に引き込まれ、印象深く、すごく良かったんですが、この作品は、読み始めた時の第一印象は、作家になりたい人にとって、お手本とみなされる、ある種のパターンにそって書かれているみたいだと感じてしまいました。

 読後の“発見”としては、この話は、ファンタジー仕掛けになっていますが、これって、いわゆる、新聞、雑誌、ネットなどでの“人生相談欄”を別の形式にしたものではないかと思ったことです。相通じるものがありませんか? 違うところは、回答者(作者)が一方的にアドヴァイスを与えているのではなく、主人公が自ら答えを見い出して行く、という形になっています。その点が主人公に前向きな姿勢を与えていると思います。ただ同時に、教育的なねらいも感じられます。作者が言いたいことは、他の方法でも良かったのでは?

サンザシ:読書なれした子どもには確かに物足りないと思うんですけど、今は骨があって質が高い本だけを子どもに勧めていたのでは読書教育は成り立たない時代だと思います。イギリスでもアメリカでも日本でも、本嫌いの子どもや、そんなに本が好きじゃない子どもをどう読書に誘うか、ということが問題になっています。だから私は、そういう観点から次の読書のステップになるような本を選んで手渡すのも必要だと思うんです。

リス:中高生向けの小説には学校生活を背景にして、登場人物たちの心理や感情が綿々と綴られている作品が多く見られますが、それは多少なりとも日本独特の私小説の伝統から来ているのでしょうか……? また、それを好む読者がかなりいるのだろうか……、と。この本を読んでいるうち、なぜか、ふと、そんな疑問を持ってしまいました。『園芸少年』が2009年に、『くまのあたりまえ』が2011年、そして『てんからどどん』が2016年に出ました。『くまのあたりまえ』という本にちょっと目を通しましたが、ジャンルも内容も文体も他の作品と全然違っています。無駄な言葉はそぎ落とし、非常に簡潔。結局、この作家さんはいろいろなものを書けるのでは……?

よもぎ:魚住さんの『園芸少年』は、アイデアも、内容や文体もおもしろい傑作でしたけど、この作品はそれほどではなかったですね。すらすら読めて、普通におもしろいというか……。私はお説教くさいとは思いませんでした。この年頃の子どもたちは、周囲の友だちが自分よりずっと優れているように思えて、憧れたり落ちこんだりすることがよくあると思うのですが、そういう子どもたちには真っ直ぐに届く作品だと思います。こういう読みやすい本を何冊も読んで、そのうちに自分の心に本当に響く1冊に出会えばいいのでは? ただ、「雷」と「ほかの人と入れ替わる」というのがどう結びつくのか、あいまいでよくわかりませんでした。

クマザサ:めちゃくちゃ早く読み終えてしまったんだけど、あまり印象に残りませんでした。私はたぶん、この本のいい読者ではないというか、すごく本好きの子どもだったので、こういうさらっと読めるような本は、あまり必要としてこなかったんだろうと思います。かりんの父親が「女の子は勉強しなくてもいい」みたいなことを言い出すじゃないですか。こういう思想はほんと撲滅したいですね。作中でもそれは否定されていて、ちょっとほっとしました。短くてテンポがいい、なんというか手に取るのに敷居が高くない作品だと思いますが、そんななかに、現代的なテーマも一応盛りこまれている。大事なことだと思います。

西山:ラノベって、定義がむずかしいですね。表現の特徴とか、物語の形式などで分類できるカテゴリーではないみたいです。どのレーベルから出ているかという、外的な要因で言うしかない。以前、ラノベに詳しい方と話していて、そういう理由で西尾維新はラノベではないと聞いてびっくりしたことがあります。

リス:かりんとか、莉子とかと、主人公に名前が付けられていますが、だからといって、彼女たちにそれほど個人性が与えられているわけでなく、同じ、あるいは似た悩みを持った子どもたちの代表格、典型として扱われています。その意味では表紙のマンガ的な絵はぴったり合っていると思います。人物をマンガ的に描くと、個性が欠けて、みな典型化されるでしょう。でも、それがさまざまな読者の共感を呼びことになるのでしょう。とっつきやすいし。

カピバラ:本を読まない子どもに手渡す本が必要ってことですよね。ステッピングストーンになればいいと思います。でもラノベに群がる子どもは一生ラノベしか読まないのかな?

西山:読む子は、ほんとに何でも読む。たしかに、ラノベだけで、それ以外に手が延びない子もいることはたしかですが、右のポケットに岩波文庫、左のポケットにラノベという生徒にも出会ってきました。片や、小説を読まないだけでなくマンガも特に読んでいないというパターンがはっきりあることに気づいたことがあって、物語好きかどうかという気がします。

サンザシ:今はほかに子どもの興味をひきつけるものがたくさんあって、放っておくと子どもたちは本の楽しみをまったく知らないで大人になってしまう。それはもったいないので、楽しい入り口になるような本も必要じゃないかな。

さららん:前に読んだ『フラダン』(古内一絵著 小峰書店)も、タイプは違いますが、ノリのいい本という意味では共通しているかも。

エーデルワイス(メール参加):魚住さんの作品を読んだのは、『非・バランス』以来です。軽いタッチですがお説教臭くなく、見た目だけではない主人公それぞれの悩みを、読者にも共感できるように書いていると思います。莉子とかりんの親にはやれやれと思っていましたが、莉子とかりんが変わっていくと親もよい方向に変わっていったのでホッとしました。「黄色い帽子のおじさん」はここでは恐い存在として登場しますが、なぜか「おさるのジョージ」に登場する黄色い帽子のおじさんを思い出しました。

しじみ71個分(メール参加):同性間のとりかえばや物語で、思春期の女子なら一度は考えたことがありそう。特に、容姿や性格に自信がなく、コンプレックスを持つ子の気持ちには共感できた。逆に、すらっと可愛い、快活な子が目立たない子と入れ替わりたいというモチベーションにはそんなには説得力を感じなかった。それと、「鹿児島の黒豚」を連呼して悪気がないというのは、ちょっとあんまりにも鈍感すぎやしないかなと思った。しかし、立場が変わることで、家事や勉強の大事さとか、人との付き合い方とか、気付かなかったことを発見したり、自分の良さを見出したりしていく過程のエピソードは丁寧に描かれていて、主人公たちの心情から離れることなく読めた。かりんの友だちも人が良く、実は莉子を認めていたり、森田くんもかりんのことを思っていたという辺りは、うまく行き過ぎだけれども、読んで文字面から不必要に傷付くことがない、安心できる展開だった。一方、家族や、黄色い雷の描写は必要最低限であっさりしているが、書き込み過ぎないことで、2人の心情から目が逸れにくい効果があると思った。

 最初の掲示板への依頼殺人の書込みが招いたのが、現実の殺人者ではなく、しかも莉子が1人で退治したという筋は、莉子がコンプレックスを自分で克服するということの比喩だろうと思うが、単純で分かりやすいので、小学校高学年の子たちがサクサクと読むにはちょうどよいかもしれないと思う。深くえぐらない分、感動はしないが、立場を変えて、相手のことを考えてみたら、と子どもに気軽に一声かけるのに良さそうな作品だと思った。

マリンゴ(メール参加):魚住直子さんの、ユーモラスでちょっとシュールな物語。前から面白いと思っていました。優等生と、劣等生、というようなありがちな対比ではないところがよかったです。特に、かりんの人物造形が面白かったと思います。


(2017年3月の「子どもの本で言いたい放題」より)

2017年4月22日 (土)

『くらやみのなかのゆめ』

『くらやみのなかのゆめ』Photo_4
が出ました

クリス・ハドフィールド 文
ザ・ファン・ブラザーズ 絵
さくまゆみこ 訳
編集:喜入今日子さん
装丁:城所潤さん
小学館 2017.02.20
原題:THE DARKEST DARK by Chris Hadfield & The Fan Brothers, 2016


クリス・ハドフィールドは、カナダ人の宇宙飛行士。子どもの頃、アポロ11号の月面着陸をテレビで見て、宇宙飛行士を志したのでした。ギターを国際宇宙ステーションに持ち込んで、デヴィッド・ボウイの曲を歌ったり、船外作業中にとつぜん目が見えなくなったのに落ち着いて行動したことでも有名な人です。

彼は、小さいころ暗闇が怖くてたまらなかったのですが、やがて暗闇を,力強くて不思議で美しいものだと感じるようになります。「夜のやみは,夢をうみだし、朝の光は、その夢を実現するためにあるのです」とも語っています。

ザ・ファン・ブラザーズは、アメリカ生まれでカナダに暮らしているイラストレーターの兄弟です。日本で紹介されるのは、この作品が初めてだと思います。

暗闇を怖がる子どもたちに手渡してもらいたいと思っています。

『フローレンス・ナイチンゲール』

Photo_2 『フローレンス・ナイチンゲール』
が出ました

デミ 作
さくまゆみこ 訳
装丁:森枝雄司さん
編集:鈴木真紀さん
光村教育図書 2016.12.20
原題:FLORENCE NIGHTINGALE by Demi, 2014

ナイチンゲールの本は日本でもたくさん出ていますが、この作品のキモは、デミが描いているというところ。

私は、ナイチンゲールという人はずっと現場で看護の仕事をしていたのかと思っていましたが、じつは違いました。35歳の時に熱病にかかり、その後は主にベッドで研究したり執筆したりしていたのですね。

ナイチンゲールが状況を改善するまでは、当時の病院は、排泄物があちこちにあったり、ネズミがかけずり回っていたりして、相当不衛生だったようです。デミも、そういう場面を描いているのですが、彼女の絵は汚くならないのですね。

原書は金色が使ってあるのですが、日本語版は金が使えなかったので、森枝さんが、題字に細工をして、かがやいているようにデザインしてくださいました。森枝さんは、いつもすてきな工夫をしてくださいます。

こういう科学・知識の絵本は、文章をただ訳すだけでなく、原書の記述が正しいかどうかも私は調べて確かめます。そうでないと、安心して日本語にすることができないので。

2017年4月18日 (火)

『ソフィアのとってもすてきなぼうし』

Photo_6 『ソフィアのとってもすてきなぼうし』
をおすすめします

ミシェル・エドワーズ 作

G・ブライアン・カラス 絵
石津ちひろ 訳
2016.12



ソフィアは、おとなりのおばちゃまと仲良し。おばちゃまは毛糸で帽子を編んでみんなにあげるのが好きだけど、自分は帽子がなくて寒そう。ソフィアは作ってあげようとするけれど、できたのは穴だらけのおばけみたいな帽子。どうしたらいい? 他者に心を向けることで、自分もあたたかくなる終わり方がすてきだ。

(朝日新聞「子どもの本棚」2017年2月25日掲載)

『ジョージと秘密のメリッサ』

Photo_5 『ジョージと秘密のメリッサ』
をおすすめします

アレックス・ジーノ 作
島村浩子 訳
偕成社
2016.12




4年生のジョージは、体は男の子でも自分は女の子(メリッサ)なのだと感じている。しかし、学校でも家でもそのことは秘密にしている。学年で『シャーロットのおくりもの』の劇を上演することになっても、ジョージがやりたいシャーロットの役は、女子の役という理由でやらせてもらえない。

でも、やがて親友のケリーが、あるがままのジョージを受け入れて、午後の部の役をひそかに代わってくれたり、女の子同士の楽しい時間を設けたりしてくれる。家族も徐々にジョージを理解するようになる。

自らもトランスジェンダーである作家が書いただけに、「男の子のふりをするのは、ほんとうに苦しいんだ」というジョージの叫びも心理描写もリアルだ。

(朝日新聞「子どもの本棚」2017年1月28日掲載)

『レイン』

Photo_4 『レイン 雨を抱きしめて
をおすすめします

アン・M・マーティン 作
西本かおる 訳
小峰書店
2016.10




父親と暮らす5年生のローズは、高機能自閉症と診断され、周囲にうまく適応できない。拾ってきた犬のレインが友だちだが、ハリケーンで行方不明に。必死の捜索で見つかった後のローズの行動が、周りの状況を変えていく。

自分がほかの大勢とはどこか違うと感じている子どもたちに、元気をくれる本。

(朝日新聞「子どもの本棚」2016年12月24日掲載) 

『おふろだいすき』

Photo_3 『おふろだいすき』
をおすすめします

松岡享子 作
林明子 絵
福音館書店 1982.04


寒くなると、おふろがうれしいですね。しかも、このおふろには不思議がいっぱい。もわもわの湯気の中から、カメやらペンギンやらカバやら、なんとクジラまで出てきます。想像がふくらむ絵本です。最後におふろから上がって、お母さんが差し出すタオルにくるまれる男の子が、ほっかほかでなんとも幸せそう。

(朝日新聞「子どもの本棚」2016年11月26日掲載 *テーマ「ぬくもり」) 

『おばあちゃんとバスにのって』

Photo_2 『おばあちゃんとバスにのって』
をおすすめします

マット・デ・ラ・ペーニャ 作
クリスチャン・ロビンソン 絵
石津ちひろ 訳
すずき出版
2016.10




この絵本のおばあちゃんは、お金や効率よりも人とのふれあいを大切にしています。行き先は、困っている人にごはんを出す食堂。ぼくも手伝って奪った食事をみんなが笑顔で食べてくれると、心もあったかに。

(朝日新聞「子どもの本棚」2016年11月26日掲載 *テーマ「ぬくもり」)

『あからん』

Photo 『ことばさがし絵本 あからん
をおすすめします


西村繁男 作
福音館書店
2017.02


「あ」から「ん」まで、それぞれの文字で始まることばをさがす楽しいあいうえおの絵本。

たとえば「た」だと、「たこあげする たぬきに たこ たいあたりする」というゆかいな文に出てくるものだけでなく、ほかに9個の「た」で始まるものが描かれています。さあ、何かな?

「ん」もおもしろいよ。

(朝日新聞「子どもの本棚」2017年3月25日掲載)

2017年4月 9日 (日)

『駅鈴(はゆまのすず)』

Photo_3 『駅鈴(はゆまのすず)』
の読書会記録


久保田香里 著
くもん出版
2016.07


 

しじみ71個分:古代史のことはよくわからないけれども、史実はきちんと描いているのだろうという印象を受け、筆力のあるきちんとした作品だと思いました。天平時代の史実を脇に置きながら空想とも言える古代の世界を描き、かつジェンダーの問題も含めていたりしておもしろい。表現はかっちりしているけど、おもしろかった。馬が盗まれたり、山火事があったり、地震があったりと、途中からは展開もスピーディになり、読んでドキドキ感もありました。今回は3作品とも、動物が非常に大きなキーポイントになっていたのも興味深かった点です。 

西山:私の勝手な読み方なのですが、あちこち現在のあれこれの隠喩のように読んでしまいました。例えばp11270年前の戦。p249の双六にはまってしまうところでは、「カジノ法」を思い出したり・・・・・・。同じ著者の『氷石』(くもん出版)でも、そういう感触を覚えた記憶があるので、この作家は奈良時代を舞台にしても、現代への見方を結構込めている気がします。 

さららん:小里が、女にはなれないと言われている「駅子」になりたいと強く願い、それをかなえていく過程が描かれていて、ジェンダーの視点からは好感が持てるお話でした。淡い恋の物語に、和歌がひと役買い、相手の好意に無頓着だった小里が、少しずつ目覚めていく。ふたりの想いがひびきあう。そのあたりも、さらっと描かれています。若見はかなり頼りないけれど、逆に今の若者っぽい感じがしました。 

マリンゴ:この作品は、古文や歴史に興味をもつきっかけの1冊になってくれるかもしれません。ただ、その場合、もう少し補足的説明があってもいいのではないでしょうか。たとえば、新羅、渤海、という国名。中学生以上なら習うでしょうが、小学高学年の子が読む場合、まだ習っていない可能性も高いですし……。あと、序盤から中盤にかけて、話がループしているように感じられました。もう少し、ギュッとコンパクトにしたほうが読みやすいかと思います。 

ハリネズミ:駅の読み方が、はゆま、うまや、えきと3種類あるんですね。気にしないで読み飛ばせばよかったのかもしれませんが、いちいち、これはなんだったけと立ち止まってしまいました。総ルビにしてくれればよかったのに。小里が馬を早く駆けさせるのに魅力を感じているのはわかりますが、この時代に恋人の誘いを断っても駅長になりたいとまで執着するのであれば、駅そのものの魅力をもう少し書き込んでもらいたかったです。小里と若見がこの先どうなっていくのかが、私にはよく見えませんでした。安積親王や安人はとても個性が強くておもしろいのですが、物語の本質にかかわるわけではないので、メインストーリーから焦点をそらすことになっているような気もします。 

カピバラ:この時代のこの職業への興味からどんどん読めるし、男がやる仕事を一生の仕事にしようとする主人公はなかなかかっこいいです。文章はナレーション部分が簡潔で歯切れがよく、好感をもちました。後半は馬が盗まれたり山火事などが起こり展開がありますが、途中までちょっとまどろっこしい感じでした。若見さんはすぐどこかに行ってしまい、またちょろっと現れるんだけどたいした進展もなく……というのが続いていくので。全体を3分の2くらいの分量にしてもよかったのでは? 

アンヌ:とても楽しく読みました。奈良時代が舞台の小説はあまりないような気がします。女帝となる内親王を皇太子とした時代で、今の感覚と違う社会であることが、父親が駅長に返り咲くのではなく、小里が駅長になれる仕組みとしてうまく使われていると思います。ちょっと若見に魅力がなくて、歌も下手なのが残念です。でも、万葉集に「鈴が音の早馬駅の堤井の水を賜へな妹が直手よ」というのを見つけたので、長じた若見がこれを歌ったのなら楽しいな、などと考えました。表紙の絵の色も独特で、奈良の色彩感覚で描いたのだろうと思いました。 

ルパン:小里が駅子になりたい気もちはとてもよく伝わってきました。飛駅が近づいてくるときの緊張感、近づいてくる蹄の音、駆け出してくる威勢のいい男たち・・・ものすごい高揚感です。登場人物たちの名前がまたいい。十喜女、恵麻呂、若見・・・聞きなれない分、日本の話なのにエキゾチックな感じがします。最後、小里が駅長になるところはものすごくかっこよかった。「おわりじゃない。」と啖呵切るところ。「あたしについておいで!」みたいな。こんな女の子がいたら惚れそう。惜しむらくは、クライマックスで小里が飛駅走らせるところ。若見といっしょに走ってもらいたかったなあ。なんで豊主なんだろう。思いっきり脇役なのに惚れそう。惜しむらくは、クライマックスで小里が飛駅走らせるところ。若見といっしょに走ってもらいたかったなあ。なんで豊主なんだろう。思いっきり脇役なのに。 

コアラ:王道のストーリーで、読み応えのある物語でした。奈良時代の駅家(うまや)という設定もよかったと思います。知らない仕事の世界を知るおもしろさと、万葉集の歌とか歴史上の人物とか知っているものが登場するおもしろさがありました。ただ、細かいところで引っかかるところも多くて、作者が都合よく登場人物を動かしてしまっているのが残念でした。ルビについては、ページ初出にルビを振っているようですが、私も通常の読みでないものは全部にルビを振ってほしいと思いました。本文の組み方は、1行の文字数を少なくした組み方なので、ページを増やして読み応え感やずっしりとした感じを出した本の造りにしたのかな、と思いました。本文中の挿絵はちょっと幼い感じがしましたが、装画や装丁はいいですね。 

レジーナ:馬の疾走感や、そのときに埃が立つ様子が目に浮かぶ本です。馬が盗まれたり、地震や火事が起きたり、読者を飽きさせない展開ですね。苦しい生活の中、大仏を作る市井の人の生きる姿も伝わってきました。 

ネズミ:それなりにおもしろかったのですが、時代背景がよくわからず、もやもやしました。出だしから、駅家というのはわかったけれど、駅はどんな役割なのか、駅子は何をするかなど、なかなかつかめませんでした。また人の位や階層も、都の役人なのか地方なのか、どちらが上なのかなどつかめず、途中で頭がこんがらかってしまいました。登場人物の大人たちが、この物語の中から出てきたというよりも、ストーリーの都合に合わせて出てきた感じがして、今回のほかの2作品とは大人の描き方に違いを感じました。 

:あえて設定を古い時代にしたのに、男の子の領域に挑戦する女の子、という、ずいぶんと昔ながらの物語になってしまっているのがいまいちかな。時代的な習俗や雰囲気はとてもよいのに、作者が現代を背負ってしまっているので、逆に、不自由な女の子、という古い価値観を無意識的に示してしまっています。 

西山:時代がさかのぼると、ジェンダーのしばりが逆になかったりするのにね。

(2017年2月の言いたい放題)

   

『レイン〜雨を抱きしめて』

Photo_2 『レイン〜雨を抱きしめて』
の読書会記録

アン・M.マーティン 著
西本かおる 訳
小峰書店 2016.10
原著:RAIN REIGN by Ann M. Martin, 2014


 



:アスペルガー症候群や高機能自閉症が重要なモチーフになっているので、いわゆる「問題」でひっぱっちゃう話かと思い、最初はちょっと入りにくかったのですが、『空飛ぶリスとひねくれ屋のフローラ』(ケイト・ディカミロ著 斎藤倫子訳 徳間書店)よりはるかにおもしろかったです。ローズは、同音異義語と数字に長けていますが、それが感情表現に結びついていくあたりはとてもリアルでした。友だちができるのがいいですね。ローズの「ことば」を受け入れて、せっかちにならない。それがていねいに描かれています。結果的に、お父さんがローズを手放すことが愛情になるのが切ないですね。お父さんの気持ちを考えちゃう。背景はくどくど書かれていないのですが、いろいろ想像してしまいました。
 

マリンゴ: 非常によかったです。今回読んだ3冊のなかでは、いちばん好きでした。ただ、章タイトルがネタバレになってしまっているのが、いかがなものかと気になりました。たとえば、p134の「悲しすぎる話」、p152の「うれしい知らせ」、p169の「つらい決断」など。ストーリーは、大人が読むと心地よい苦さを感じますが、子ども時代の私だったら、もう少し甘いエンディングがいいなと考えただろうと思います。たとえば、ヘンダーソン家は避難所生活でしばらく犬が飼えないから、月に1度、ローズのところに会いに来ることを取りきめる、とか。 

西山:とてもよかった。犬を手放すのはつらいのに、ルールに従わなきゃいけないから返す。そういう融通が効かないところが、幾重にも悲しいけど、腑に落ちました。レインを手放す辛さから、自分と別れる決心をした父親の気持ちに理解の窓が開くという展開も、とても胸にしみました。最近『ぼくと世界の方程式』(モーガン・マシューズ監督 2014)という映画を観ました。自閉症スペクトラムの少年が主人公で数学オリンピックを目指すという話で、母親像とか、とてもよかった。あと、やはり同じ症状を抱えた主人公の作品として思い出すのが『夜中に犬におこった奇妙な事件』(マーク・ハッドン著 小尾芙佐訳 早川書房)ですが、『レイン』は同様の症状の主人公が女の子で、私はそういう作品は初めてだった気がしました。知らないだけなのか、実際発症に性差があるのか・・・・・・作品と直接関わる事ではありませんが、何かご存じだったら教えてください。 

しじみ71個分:非常におもしろく、切ない気持ちで読みました。高機能自閉症、アスペルガーの人たちについての理解が深まる作品だと思います。ルーティンでない事態に出遭うとパニックを起こしやすい、こだわりが強い、感覚が過敏であるなど、様子が具体的にていねいに書かれていて、こういった障碍を理解する上でとても有効だと思います。お父さんも主人公の子をどう扱っていいかわからないとか、主人公のこだわりの様子を友達がからかってしまったり、学校の先生も理解できなかったりなど、周囲が理解できなかったり、受容に苦労したりする様子もきちんと描かれていて素晴らしいと思いました。犬のレインがこの作品でもキーになっていて、レインが主人公についてきて教室に入ってくるシーンから、友だちとの関係が少しずつ改善していったり、いなくなったレインを探すことで主人公が成長したりしている。ストーリーの悲しい優しさが身にしみました。父親の弟であるおじさんが主人公のよき理解者であり、そのおじさんがいなかったら非常に辛い物語になるところでした。彼が、主人公に「今どういう気持ち?」と確認するなど、感情のコントロールができないとか、人の気持ちを読みにくいというアスペルガーの人の特徴をよく表わしながら、受容の仕方を示してくれているのもとても良かった。人との距離感をつかむことや、感情がコントロールすることが苦手な父親が愛するゆえに娘を置いていくという最後は悲しく、苦いけれど、感動して読みました。 

ネズミ:私も、とてもおもしろく読みました。ほとんどの読者はローズとは違う感じ方で生きていると思うけれど、これを読むと、こんなふうに感じる子もいるんだなとわかってきます。犬がとてもうまく使ってあるなとも思いました。犬がいるからこそ、日本の子どもも親近感を持ってお話にひきつけられるだろうなと。表紙も手にとりやすそう。お父さんの描き方もよかったです。p199からp200にかけての、お父さんがなぐるまいとしながらこぶしを震わす部分が胸にせまってきました。ローズの目線で書きながら、お父さんの人となりがよく伝わってきてうまいなと思いました。 

レジーナ2年くらい前に原書を読んで、とてもいいと思った作品です。人を愛すること、愛ゆえに手放すところは、ルーマー・ゴッデンの『ねずみ女房』(石井桃子訳 福音館書店)に通じますね。原書では、ところどころ同音異義語が併記されていたり、同音異義語についてえんえんと説明している章があったりするのですが、そこはカットして、日本語版として読みやすい形に工夫されています。だけど副題の「雨を抱きしめて」は作品に合ってないのでは。 

カピバラ:帯の「心の中が痛い。これがさびしい気持ちなの?」というのもいただけないですね。 

コアラ:読みながらいろんなことを考えました。ローズと父親との関わりで言えば、p219に父親の言葉がありますが、そこに至るまでのいろいろなことを思いました。愛情を持ってローズを育てたいのに、どうしてもそうならない、いらだちとか、楽しい日常でなく、父親としてほとんど何もしてやれていない、という負い目もあったんじゃないでしょうか。p198には、お互いの思いが相手に受け取られていない、気持ちの交流ができない、つらい会話があります。p25に、父親とローズの、うまくいっていない会話がありますが、p34からはウェルドンおじさんとローズの会話があって、ウェルドンおじさんみたいな会話をすればうまくいくのかな、と思いました。ただ、これはフィクションなので、現実だとアスペルガーの子との会話はこんなにうまくいかないんじゃないかと思います。p133に、「わたしたち3人の名前の数を合計して、レインの名前の数を引いたら177で、素数じゃないって知ってた?」というローズの言葉があって、つまり、レインがいなくなって良くない未来になるということを素数じゃないということで言い表していて、作者がそこまで考えて名前を設定したのもすごいと思ったし、素数に意味がありそうな気がしてきて、宇宙の真理に触れたようなぞくっとするような気がしました。そして、ローズが「素数じゃないの」と断定する言い方をせず、誰かから返事をもらいたいという言い方をしていることで、素数じゃないという発見とレインがいない未来に、ローズ自身がたじろいでいるように感じました。 

ルパン:おもしろく読みました。いちばん好きな場面は、p192193。友だちが「同音異義語を思いついた!」と言ったとき、ローズが「前から知っていた」と言わなかったところ。アスペルガーで空気が読めないはずのローズが、友だちの気もちに寄り添った瞬間。ローズが同音異義語が好きになったのは、自分の名前がローズだからでしょうか。亡くなったお母さんがつけた名前なのかもしれませんね。 

アンヌ:ローズの方から見る世界が描かれていて、見事な作品だと思い、とてもおもしろく読みました。学校の先生も介助員も、ローズの立場に立つより、他の人の迷惑にならないように排除する立場をとっています。ローズは、お父さんにびくびくしながら育っていて、その孤独が身にしみました。お父さんは、自分の怒りでローズを支配しているし、特別支援クラスに行かせようとしない。もっと早く、援助を求めてくれればいいのにと思いました。特に、ローズのママの死を隠して、自分たちを捨てて行ったと教えていたことは、ひどいと思います。それでも、ローズはどんどん成長していって、他の人の心の中を想像できるようになっていく。自分なりのやり方でレインを見つけたりする能力もある。でも、お父さんは成長せず、お酒におぼれるまま。出て行ってくれてよかったと思ってしまいました。 

ネズミ:ミセス・ライブラーはわかっているんじゃないかしら。外に連れ出したりしてますよね。 

:お父さんにもアスペルガーの要素があるとしたら、もしかして、小さいときからずっと一緒だったおじさんは、扱いに慣れていたのかもしれませんね。ちょっと深読みかもしれませんが。 

カピバラ:いちばんいいと思ったのは、高機能自閉症とはどういうものかを、ほかの人からみた様子ではなく、ローズ本人の感じ方をていねいに描くという手法で伝えているところです。名前のスペルを数字に置き換えたり、素数かどうかを常に気にしたり、時間は何時何分まで正確に言ったり、といったことが繰り返されるうちに、読者は自然にローズの考え方や感じ方に慣れ、おもしろくなってくるんですね。まわりにはローズを持て余している大人も登場するけれど、読者はローズの感じ方を体感して理解できるようになる。とてもいいやり方だと思いました。先生とは違って、生徒たちはもっと子どもらしい興味をもってローズに近づくところもよかったです。レインが来たことで打ち解けて、同音異義語を見つけようとしてくれたり、子どもなりに仲よくなっていくんですよね。それからお父さんとおじさんは全く違う性格のように見えるけれど、家庭の辛い事情をたった2人で乗り越えてきたので、きっとものすごく絆が強いんだと思います。似ているけど、陰と陽のように異なる現れ方をしているのでしょう。本当はお互いをいちばんよくわかりあっている兄弟なのだと思います。会話だけで、そのあたりのいろんなことが感じられて、うまいと思いました。レインがいなくなったとき、ローズはひとつひとつよく考えて、対処の仕方をリストにし、たったひとりで実行しようとします。つらい結果になったけれども、自分で選んで決断し、それを受け入れようとする。だからかわいそうな感じで終わらず、すがすがしさが残るところがよかったです。p4445に、ローズが教室で、魚の数え方は4匹が正しく、4つは間違いだと言い張る場面がありますが、英語では数え方は同じですよね……どうなっているか原書で見てみると……数え方ではなく、Imeの違いを指摘するということになっています。訳文は日本の読者にわかりやすいように工夫されているんですね。 

ハリネズミ:登場人物の心理がうまく描けていますね。ローズの特異性がなかなか理解できず、愛してはいても不器用な対応しかできない父親の切なさも表現されています。低学年の子どもが読むと、父親の心理までは伝わらないかもしれないけど、少し年齢が高くなると、この父親は愛してはいても不器用なんだな、ということが伝わってくると思います。父親がローズに対してどなったり嘘をついたりする場面もあってはらはらさせられますが、ローズと別れる場面では、p224には[「さあ、行け」パパはそう行ってから、ほんの一瞬、わたしを抱きしめた。もうずいぶん前から、抱きしめられたことなんてなかった。ほほがふれたとき、パパのほほがぬれているのを感じた。パパはすぐに体を離して前を向いた。あごがぶるぶるふるえている。]とあり、最後でも弟のウェルドンにこう言わせています。「きみのパパはいつも正しかったわけじゃないけど、いつだってきみのことを大事に思ってたんだよ」「たぶん、ローズはぼくと暮らすほうが幸せだと思ったんだろうな」(p228)。ローズが同音異義語やルールにこだわる場面は、それでまわりがうんざりする気持ちと、それでもこだわらずにいられないローズの気持ちが、両方わかるように書かれていますね。レインを元の持ち主に返そうとするところも、ローズのルールにこだわる性格と相まって、自然な流れで読めます。自信のない父親が「せっかくプレゼントした犬を返しちまった」(p218)と恨む気持ちもわかります。視点が一つに偏っていないのがいいですね。孤独な子どもに犬が寄り添ってくれるという場面も目にうかびますし、その犬を一所懸命探そうとするのもよくわかります。でも、みつかったところでハッピーエンドではなく、もうひとつの展開によって、ローズはただの弱い存在じゃないところが前面に出てくる。かわいそう目線がないのがいいですね。 サブタイトルは私も安易な気がします。

ルパン:本来は漢数字で書くべきところがすべて算用数字で書かれていますね。ローズの頭の中に近いかたちにしようという工夫でしょうか。 

ネズミ:素数を読み上げるところは、算用数字のほうがピンときますよね。 

コアラ:「一歩」が、「少し、ちょっと」というような慣用的な使い方の場合は漢数字で、「1歩、2歩」と数えられるときは算用数字、というルールで編集段階で統一したのかもしれませんね。 

ハリネズミ:でも、英語の小説だと普通は算用数字ではなくone, twoなどという表記が多いように思います。この作品の原著はどんなふうに書かれているのでしょうね。 

さららん:ローズは、自分の論理で動く子どもです。だから犬を返すために、動きはじめたことは、思いやりというより、自分のものでないものを持っていてはいけないという、杓子定規的な、正にローズの論理そのものなのでしょう。でもそのあと、ハリケーンにやられたヘンドリックスさん一家をローズが見つけだす。ハリケーンで何もかも失った一家の子どもたちにとっては、犬が返ってきてどんなにうれしいだろうかとローズが想像する部分で、ローズが大きく成長したのを感じました。 

エーデルワイス(メール参加):高機能自閉症を扱い、同音異義語に拘る主人公が興味深かったです。日本語だったらと言葉をあれこれ考えていました。思いつめた時、素数を数える時、ローズは自分の頭をたたきます。心の声が伝わり、たまらない気持ちになりました。父親は愛情を素直に表せない不器用な人なんですね。最愛の犬のレインを元の家族に返すまでの行動はなかなか緻密です。『マルセロ・イン・ザ・ワールド』(フランシスコ・X.ストーク著 千葉茂樹訳 岩波書店)を同時に読んでいたのですが、多様な人間の存在が認知されてきているのだと確認できました。100ORANGEの表紙装丁が好きです。

(2017年2月の言いたい放題)

『空飛ぶリスとひねくれ屋のフローラ』

Photo 『空飛ぶリスとひねくれ屋のフローラ』
の読書会記録

ケイト・ディカミロ 著
K.G.キャンベル 挿絵
斎藤倫子 訳
徳間書店 2016.09
原著:FLORA & ULYSSES:THE ILLUMINATED ADVENTURES by Kate DiCamillo, 2014



アンヌ:献辞のところから読み始めたので、マンガも作者が書いたのかと勘違いして、驚きながら読みました。大人がみんな孤独で、子どもも孤独で、それなのに大人は子どもを傷つける。ハッピーエンドだからいいけれど、ちょっと理解できない話でした。リスだけがかわいくて自由で詩人で、理想の子どものようです。この本を読んで楽しかったのは、マンガに描かれている本の題名がしっかり読めたこと。哲学者ミーシャムさんの本棚にあるのは、『ホビットの冒険』(JRR・トールキン著 岩波書店)で、『指輪物語』(同著、評論社)じゃないのに納得したり、テイッカムさんの名詩選集の最初の名前が2冊とも女流詩人なのを発見したり、リスに読んであげるリルケの詩が『時祷詩集』(リルケ全集・河出書房新社)だ等と、調べて考える楽しみがありました。 

コアラ:私はおもしろく読みました。内容もおもしろかったし、マンガで表現しているところと文章で表現しているところがあって、文章も明朝体で人間のフローラを主人公にした場面と、ゴシック体でリスのユリシーズを主人公にした場面がある、という形がおもしろかったです。フローラはアメリカのコミックを読んでいて、アメコミのスーパーヒーローと重ね合わせてリスを見ているので、もっと話が大きくなるのかな、と思ったら、意外とこぢんまりとしたスケールで終わってしまったので、もうちょっと盛り上げてほしかった。p2272行目で「母さんが何よりもだれよりも愛しているのは羊飼いの電気スタンドだ」とあるから、この悲しい誤解の道具が重要な場面で使われるのだろう、と思っていたら、猫をたたいただけで終わってしまったので、もっとキャラクターも含めて設定を生かしてほしかったです。主人公のフローラは、変わっている子という設定ですが、フローラみたいな子は案外いっぱいいるんじゃないかと思いました。p153の絵で本のタイトルなど全部日本語に変えていて、本の背の見えにくい文字もそれっぽく変形させた活字にしているので、うまいなあ、おもしろいなあと思いました。とにかくリスの絵がすごくかわいかったです。 

レジーナ:今回選書係として、社会や時代の制約を受けながら生きている女の子が、動物との関わりの中で周囲から受け入れられていく物語を選びました。この本は2014年にニューベリー賞をとったときに原書で読みました。主人公は個性的で、母親からも変わった子だと思われています。そこに空飛ぶリスが現れたことで、しっくりいっていなかった人間関係が少しずつ変わっていく過程が描かれています。作者が自分のためではなく、子どもに楽しんで読んでもらおうとして書いた本ですね。ところどころマンガになっているのも、おもしろいアプローチなのでは。 

ネズミ:得意ではない作品だったけどおもしろかったです。マンガがところどころに入って11章が短い構成で、私は落ち着かなかったけど、読書が苦手な子どもにはとっつきやすいかなと思いました。たよりない親と、ちょっとませた子どもと。どんな親でも子どもは折り合いをつけて生きていくんだなというのが伝わってきます。掃除機に吸い込まれそうになって特殊能力を得たリスが出てきたり、フローラがいつも参考にする本があったり、お話としてのうまさが感じられて、子どもが読んだら楽しく読めるのでは。人物は戯画的ではあるけれど、お母さんもお父さんもとなりの人も、いろんな面が見え隠れする描き方で好感を持ちました。 

西山:目次を見たときは苦手だと思ったのだけど(散文的なこまかい目次、あまり好きでなく・・・・・・単に好みの問題です)、読み始めたらおもしろかった。子どもを楽しませると思いました。難を言えば、マンガと本文の関係がわからないので、本文出だしを読んでいるマンガの内容だと思ってしまうのではと思いました。読み進めて、仕組みがわかってくればそれでいいのですが、本を読み慣れていない子にとって、ある種の難しさになってしまうかもしれないと、ちらっと思いました。恋愛小説家の母親が、いかにも現実的なのは皮肉?ちょっとおもしろい。信じることによって失うものはないという「パスカルの賭け」がでてくるところ(p158)や、ユリシーズが心にもないことを打ち込んで石のようになってしまうところ(p218)など、考えさせるところもあってそれも好感を持ちました。p15のリスが食べ物のことばかり考えているというところ、もっとリスっぽい?口調、リスの動きを思い起こさせるような、いかにもリスっぽいと思えるような口調にして、もっと楽しませてほしいと思いました。フローラに人生の教えをくれるマンガ、私もほしいと読んだ子どもが思うんじゃないかな。子どもをもてなす作品だと思いました。

マリンゴ: おもしろく読みました。軽快なタッチなので、少女を取り巻く環境が実は苛酷だということを、終盤まであまり感じず、重くなりすぎずに読むことができました。哲学的な内容が随所に入りますが、主人公のお気に入りのマンガからの引用なので、子どもに難しく感じさせないのではないかと思います。リスのスペックが、「空を飛ぶこと」「タイプライターを打つこと」と、明確なのがユニーク。最後、ファンタジーの世界を閉じて、日常に戻るのかと思いきや、ファンタジー全開のままで終了したのが少し意外でした。子どもたちにとっては、想像がふくらむ楽しい終わり方なのかもしれません。 

:マンガの部分は、マンガというよりも挿絵のバリエーションのように感じました。なくてもストーリーを理解できるので。p15で、おなかがすいたことをリスの気持ちでいろいろに表現しているところは、マンガ形式だからいっそうおもしろく見えますね。『はみだしインディアンのホントにホントのはなし』(シャーマン・アレクシー著 エレン・フォーニー画 さくまゆみこ訳 小学館)も思い出しました。私は、子どもが子どものロジックのまま不満を言うタイプの本があまり好きではないのですが、そういうところを差し引いても、案外楽しく読めました。フローラを受け入れられない母親がありのままの娘を受け入れるようになるという話ですね。いろいろな人が出てきますが、p217の「家に帰りたい」というスパイヴァーのセリフに主題が凝縮していて、ここで、この本がきわめて正統な児童文学であることがわかります。あと、メアリー・アンという電気スタンドも、猫をたたいておしまい、なのではなく、それで壊れることにより、母親が初めてフローラの方を向くという結果につながっているので、重要なアイテムだと思います。 

ハリネズミ:ドタバタの割りには理屈っぽいところがあるな、というのが私の第一印象です。こういうのを訳すのは難しいですね。私の好みとしては、もう少しドタバタ寄りで訳してもらったほうがおもしろくなったと思います。このお母さんはタイプライターで原稿を書いてますから、舞台は現代じゃないんですね。。そういう時代に設定したのはなぜなんでしょう? このマンガのテイストは、日本の子どもとそんなに相性はよくないと思います。2回読んだんですが、私はみなさんがおっしゃっているほどおもしろいとは思いませんでした。 

カピバラ:マンガを挿絵としてではなく文章のかわりに入れているのがおもしろかった。この絵のせいで現実離れした人々のように思えるけれど、実はそれぞれが深い悩みをかかえていることがわかってきます。p234の最後に、「フローラは変わってる? そうかもしれない。でも、それのどこが悪いのかな?」と書いてあり、これが作者の言いたいことなのでしょう。各章が短くて読みやすく、視点もどんどん変わって子どもを飽きさせないようにという工夫が感じられるところに好感をもちました。個性的な人物が出てきて、特にドクター・ミーシャムと巨大イカの話はおもしろかったです。リスの視点で書かれているところは楽しいから興味をもって読むのですが、リスの存在がひとりひとりにどんな影響を及ぼしているかというところまではよくわかりませんでした。私はアメリカの出版社のパーティーでこの作者に会ったことがありますが、明るくてとにかくよくしゃべる人で、小柄なのに存在感があり、いつも人に囲まれていました。人を楽しませたいというサービス精神にあふれている人だと思います。それが作品にも表れているんですね。 

ルパン:物語の方向性がよくわかりませんでした。読書会で取り上げなかったら読み切れなかったかも。ニューベリー賞とあったので期待して読みはじめましたが、すぐに「どうしてニューベリー賞?」と思い始めてしまいました。最大の疑問は、やはりリスの役割です。リスを特別にしてしまう掃除機も、最初に出てきただけで、何だったんだろう、という感じだし。マンガまじりの構成も、私はあんまりなじめませんでした。挿絵だと思っていたのに、マンガのなかに重要なストーリー展開があったんですね。しばらく気づかずにマンガを飛ばして読んでいたので、途中であわてて最初に戻りました。好きな登場人物はフローラのお父さんで、印象に残ったのは電気スタンドの女の子かな。ラストは、フローラはお母さんと心が通じ合ったのに、ウィリアムは家族に見捨てられたままだったのが気になりました。目が見えないふりをするほど悲しんでいたので、もう少し救いがあってもよかったと思います。大好きなフローラと仲よくなれたのはよかったですが。ティッカムさんの家で幸せになってもらいたいと思います。 

しじみ71個分:おもしろく読み、最後のリスのフローラを思う詩には涙ぐんでしまいました。傷ついたり、うまくいっていない人たちが、スーパーリスの存在でかき回され、冒険があり、事態が変わっていくという展開になっています。本文中、絶対にありえないと言い切れることはないんだよ、という趣旨のセリフがありますが、それはスーパーヒーローの空飛ぶリスでもあり、無理なように見える壊れた家族の和解をも象徴していると思いました。リスの存在が未来への希望を表わしているようで、気持ちよく読めました。ストーリーを挿絵で表しているのもとてもおもしろいですね。 

さららん:表紙とタイトルでは一瞬腰が引けましたが、読み出したらおもしろかった! 不安、満足、喜び、そういった様々な感情が、「物」で具体的に象徴されていて、つじつまがあうように作られている。子どもには納得がいくお話だと思います。例えば・・・孤独の象徴としての絵の中の巨大イカ、夜中に訪れたフローラを大歓迎するおばあさんが用意するオイルサーディンのクラッカー、父さんと食べに行くドーナツなどなど。それから、リスがなぜ詩が好きなのか、最後まで疑問に思っていたのですが、最初の漫画を見たら、なんと詩集といっしょに吸い込まれていた! 絶対にありえないお話だけれど、テーマは正統派で、ところどころに詩情を感じます。リスの書く詩が、単純なドタバタコメディに奥行きを作っていて、胸がきゅんとなるところもあり、楽しめました。 

マリンゴ:余談ですが、うちの実家の庭に、ここのところタイワンリスがたくさん現れます。タイワンリスは外来種で、謎のウイルスがいるかもしれないから絶対素手で触れてはいけないそうです。自治体のホームページなどでも注意喚起しています。なので、主人公のお母さんの言っていることは理にかなっている、と思いながら読みました。 

エーデルワイス(メール参加):表紙や裏表紙の色やカットも素敵です。中身にもマンガを入れたり、フローラの章とリスの章とで書体を分けたりと、読みやすく工夫されていると思います。なかなか斬新だと思いました。寂しさを抱えた少女を主人公にし、ドタバタやユーモアを交えて描かれた、いかにもアメリカらしい作品ですね。日本にはちょっとなじまないように思いました。いっそ全部マンガになっていた方がすっきりしたかも。マンガは、日本のほうがずっと進んでいますね。p153の挿絵はおもしろかったです。『ホビットの冒険』『シェークスピア』『ホーキング宇宙を語る』『オルフェウスへのソネット』にまじり、『盆栽の世界』なんていうのもあり、本当に盆栽が置いてあります。世界中で盆栽はブームなのかと笑ってしまいました。この書斎は、著者ご自身の書斎がモデルになっているのでしょうか?

(2017年2月の言いたい放題)

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