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2017年6月

2017年6月18日 (日)

『いろいろいっぱい:ちきゅうのさまざまないきもの』

Photo_7 『いろいろいっぱい:ちきゅうのさまざまないきもの』
をおすすめします

ニコラ・デイビス 文
エミリー・サットン 絵
越智典子 訳
ゴブリン書房
2017.03


都会に暮らしていると、この地球は人間が治めているという錯覚に陥ってしまう。でも、実際は違う。この惑星には数え切れないほど多様な生き物が暮らしていて、それぞれがたがいにつながって一つの美しい模様をつくっているのだ。

だから、ある生き物が絶滅するということは、そこにつながっている生物にとっても問題だということ。人間もその美しい模様の一部なのだから、壊さないで大事にしていかないとね。

シンプルな絵本だが、読み進むうちにそんなことが伝わってくる。なにより絵がすばらしいし、文字が大小二種類あるので、小さい子になら、大きい文字だけ読んであげてもいい。

(朝日新聞「子どもの本棚」2017年4月29日掲載)

『円周率の謎を追う:江戸の天才数学者・関孝和の挑戦』

Photo_4 『円周率の謎を追う:江戸の天才数学者・関孝和の挑戦』
をおすすめします


鳴海風 著
伊野孝行 挿絵
くもん出版
2016.11


関孝和という名前は知っていても、どんな人かを私は知らなかった。江戸時代の和算の達人ということを知っていただけである。本書はその関孝和を、血の通った人間として描き出そうとしている。数学が好きで儒学や剣術にはなかなか身が入らなかったこと、数学の師匠の娘である香奈と励まし合って学んだこと、数学好きのライバルたちと切磋琢磨したこと、けれども勤め(御用)をおろそかにできず数学だけを専門にするわけにはいかなかったことなどが、読みやすいストーリーとして語られているので、興味をもって読める。

後書きには、関孝和という人は、天才的な業績を残したにもかかわらず、いつどこで生まれたのかもわからず、その人生には謎が多いと書かれている。つまり、子どもの頃のことや折々に出会った人との会話などは、著者が想像して描いたフィクションとも言える。でも様々な文献に当たったうえでの想像であるからか、何かに一途になって心の中に消えない炎を持ち続けていた人だということが、無理なくしっかりと浮かび上がってくる。

私たちが約3.14と学校で習う円周率も、関が学び始めた頃は3.16とされていた。それに疑問を感じて関が追求しようとする過程や、漢文から思いついて数式を表現する方法を編み出すところなどが、スリルに富んだ推理小説のように描かれていて、おもしろい。出世やお金儲けには関係なくても、情熱を注げるものを持っていた人の楽しさが伝わってくる。

次は、「わたし、女数学者になります」と宣言して(ここもフィクションかもしれないが)、関を励ましつづけた香奈についても、もっと知りたくなった。

(「トーハン週報」2017年6月12日号)

『ぼくたちのリアル』

Photo_3 『ぼくたちのリアル』
の読書会記録



戸森しるこ 著

講談社

2016.07
*課題図書



げた
:現実として、リアルのような、ここまでいいやつがいるかなってところはありますけれどね。完璧じゃないから、またそこがいい、こんな子がいるクラスだったらいいなっていうふうに思いました。先生もすごくクラス運営やりやすいんだろうなって。今でも現実にいじめって一定数あるんですよね。こういう子がいてくれたら、いじめもなくなるのにね。それとサジくんって、前の学校ではいじめられたけど、けっこう行動力があって、頼もしい感じがしました。リアルのお母さんを笑わせようと漫才のDVDを持っていくなんて、ちょっと想像を超えてますよね。リアルとアスカとサジの3人トリオ、すごくいい感じですね。

アンヌ:とても繊細に書かれていると小説だと思いましたが、それだけに息が詰まるようで読み返せませんでした。リアルが背負わされているものが大きすぎて、弟の死だけではなく母の病とか。アルトの様ないじめが趣味みたいな人間が出てきても、兄としての責任の問題に話が流れていくところとか、つらさが先立ちました。

コアラ:友情だけでなくて、恋と失恋の話にもなっていておもしろかったです。他人のことを思いやったり行動を理解したりして、繊細だし、無意識にやっていると気づかないことだと思うんですけれど、自覚的に友達同士でも配慮しあっているんだなと思いました。タイトルもおもしろいと思いましたが、装丁がちょっと地味かなという気がしました。

ハル:とてもよかったです。同性愛者の男の子が登場しますが、そうなるとこういうお話はだいたいそこに集中しがちで、道徳的にもなりがちだと思っていました。でも、戸森さんの場合は、そこは話のひとつで、道徳的にもならず、読書のおもしろさが存分に味わえる。夢中で読めて、読み終わってからもいろいろ思い返して心や頭で想像したり、考えたりできる。課題図書(第63回青少年読書感想文全国コンクール・小学高学年課題図書)に選ばれたのも納得の、いい本だと思います。

よもぎ:とてもおもしろかった! 会話といい、一人称で書いている地の文といい、こんなに上手い作者が出てきたんだと感動しました。特に、サジの書き方がいいですね。ちっともめそめそしていなくて。こういう書き方だったら、いろんな子がいて、どの子もみんな普通の存在なんだと読者の子どもたちも感じるのではと思いました。p201のサジのせりふ、「うそばっかり」なんて、いいですよね! あえて難をいえば、あまりにも上手くて、すっきりまとまりすぎているところかな。こういう言い方をすると叱られるかもしれませんが、女の人の書き方だなあと感じてしまいました。作者が自分の体験から書いた『ジョージと秘密のメリッサ』は、もっと激しい、胸に突きささるようなところがありましたけれど。

ネズミ:「ワケあり」のさまざまな事情をかかえながら生きていく子どもたちに共感しながら、ぐいぐい読まされる作品でした。おもしろかったです。p147に「いいたいことをいえばすっきりするから我慢するななんて、おとなはたまにそんなことをいうけど、そういうのってちょっと無責任だ。すっきりするだけじゃすまないってことを、ぼくたちはけっこうちゃんと知っている」という文章がありますが、子ども社会のたいへんさに作者がよりそっていて、もがきながら出口をさがしていく子どもたちを応援しているのが伝わってきました。

サンザシ:主人公のリアルは、あえてリアリティからちょっと離れたスーパーボーイにしているのだと思ったので、私はあまり気になりませんでした。とてもいいな、と思ったのは、サジが同性愛者だということが嫌な感じなしに書かれているところです。サジはそこだけではなく別の面もちゃんと描かれているので、一人の人間として浮かび上がってくる。またそのサジの思いを大事にしようとする渡の視点もいいな、と思いました。同性愛者とどう付き合っていいのかわからない子どももたくさんいるので、こういう作品が出るのは評価したいです。またこの作家は、文章にリズムやうねりがあって、会話のテンポもいい。これからが楽しみです。

ルパン:文句なくおもしろく読みました。いちばん良かったのはp201「だって、ふたりで外国にいけるほどおとなになるまで、ぼくとリアルは友だちでいられるだろうか。これだけははっきりわかるけど、五年になってぼくとリアルがなんとなく仲がいいかんじになれたのは、サジがいてくれたからだ。」というところです。地味キャラの「ぼく」の気もちがほんとうに“リアルに”伝わってきました。

マリンゴ:この本は、昨年刊行されて間もなく読みました。文章がとてもうまい。そして、リアルくんにしろ、サジくんにしろ、華やいだキャラクターなのが、他の児童文学と大きく違う点だと思います。一般的に日本の児童書に出てくる登場人物って、素朴なイメージの子が中心で、こういうふうに、オーラを持つ子が描かれているのは珍しいですよね。同世代の小学生の読者が憧れるような魅力的なキャラで、惹きつけられて読めそうだな、と。戸森さんのブログなどによれば、LGBTはこだわりのあるテーマだそうで、今後も書き続けたいようです。2作目の『11月のマーブル』(講談社)も読んで、わたしは『ぼくたちのリアル』のほうが好きでしたが、1作1作がほかの作品にない独特な雰囲気をまとっていて、これからも新作が楽しみです。

りんご:最初のリアルの描写にすごくひかれました。リアル、完璧すぎるんじゃないかとも思いましたが、嫌味じゃないし、こんな男の子いたらいいな、と素直に思います。3人の男の子たちも愛情深く描かれていて、しかもお父さん、お母さん、学校の先生もリアルに描かれているところが好きです。カバーに使われている紫色は、お話のなかで大事なモチーフになっているラピスラズリの色だそうです。

西山:私は『11月のマーブル』と続けざまに読んで、正直に言うと、初読のときは印象がよくなかったんです。2作の印象があっという間に混濁しちゃって。再読したら、ここ好きっていうところをあげていくと、驚くほどいっぱい出てくるんです。目に付いた一例を挙げるとp45「友だちの数が多いやつは、たいていベルマークを集めるのがうまい」とか、こういうのすごくおもしろいと思う。冒頭は、後藤竜二の『大地は天使でいっぱいだ』(講談社)を思い出しました。文章が生き生きしてる。うまい。でも、後藤竜二始め、先にたくさんいるし、こういうヒーローを出すのはとてもいいなと思ってるんですけれど、石川宏千花さんの『UFOはまだこない』(講談社)の彼がいたよなと思ったり。では、どういう点が新しいのかと考えると、トランスジェンダーの子どもを意識的にテーマとして取り込んでいる点かだろうけれど、2作の印象が混じってしまったのも、まさにその点が原因だと思うので、あまり手放しで賞賛できない感じです。お母さんの問題、リアルの問題、こんな重たいものを背負わせなくてもと、物語が過剰な感じもして、もっとものすごく日常のリアルたちを読みたいと思いました。作者が描きたいと思っている、目を向けている問題を入れることが過剰で、止めた方がいいと思うのではなくて、それらがもっと普通にさらりと書かれたのが読みたいという勝手な感想です。

サンザシ:さっき『川床にえくぼが三つ』(にしがきようこ著 小学館)を読んだとき「ふるふると首をふる」という表現はいかがなものか、という意見が出ていましたが、この作品にもp80に同じ表現が出てきます。はやりなのでしょうか?

よもぎ:いま、マンガやアニメに使われているオノマトペが、文学作品でもよく使われるようになってきてますよね。いいのか悪いのか、それともしかたがないのか分からないけれど、わたしとしては児童文学作品には昔からの美しい言葉を使ってもらいたいという気がしています。児童文学って、そういう言葉を次の世代に伝えていく船のようなものだと常々思っているから。その反面、作者独自のオノマトペを創造してほしいとも思うんですよね。

エーデルワイス(メール参加):よくあるテーマですが、構成がしっかりしていて、ぐいぐい読めました。同性を好きになる川上サジの内面はどうだったのか、深くは踏み込まないで、爽やかに終わっていますね。日本には昔からマンガにBL(ボーイズ・ラブ)の分類がありますが、やっぱりマンガのほうが進んでいる気がします。登場人物の名前が魅力的で、璃在の璃はラビスラズリでお母さんのるり子にたどりつくところとか、サジはスプーンで広い心をもってすくい取るだとか、最後に意味が明かされるところが憎いと思いました。

(2017年4月の「子どもの本で言いたい放題」より)

『川床にえくぼが三つ』

Photo_2 『川床にえくぼが三つ』
の読書会記録



にしがきようこ 著

小学館

2015.07
小学館児童出版文化

ルパン:まあ、どっちかといえばおもしろかったんですけど、それはただ、何年も前のバリ旅行のことをなんとなく思い出したからかもしれません。文庫の子に手渡したいかと聞かれたら、手渡したいとは言えないですね。そもそもこのお話、小学生が読んで楽しいんでしょうか。なんだか誰かの旅行記を読んでいるみたいでした。主人公の文音と友だちの華、中2の女子がふたりでインドネシアまで行って発掘隊に加わって、原人の足跡まで見つけちゃうんですけど、古代への思いや情熱がまったく伝わってこないんです。いっそのこと古代人が現れでもしたらおもしろかったのに。それに、文音がかかえている問題も「引っ込み思案」くらいで、何に悩んでどう成長したのかも感じられないし。こういう設定のお話って、ふつうは読者がいっしょに旅をしていっしょに感動していっしょに成長したような気もちにさせてもらえるものだと思うんですけど、この物語にはそういうワクワク感がまったくありませんでした。

マリンゴ:昨年、小学館児童出版文化賞を受賞したのをきっかけに読んで、うーん、どうなんだろう? と。評価が難しい作品だという気がしていたので、みなさんの感想を聞きたいと思っていました。女の子の他愛ない友情のもつれと仲直り、というテーマ自体は、よくあるもので珍しくない。でも、旅先のジャカルタの風景とか、雨とか、匂いとか、リアルに立ち上がってきていて、紀行文的な読み方をすると、魅力的な部分もあります。自分が子どもの頃に読んだら、シーンが鮮やかに胸に残る本で、けっこう好きだったかなと思います。

りんご:子どもが海外に行くのって、衝撃的な体験だと思うのですが、主人公たちの驚きや発見が生き生きと描かれていません。インドネシアの空気が伝わってこないのが残念でした。淡々と物語は進行していきます。小説としての読み応えがないです。主人公が発掘作業を手伝って「50万年前から友達」というアイデアはおもしろいのですが、そこ以外は特別におもしろさを感じませんでした。せっかく発掘というロマンあふれる題材を使っているのに、ロマンも伝わってこず、もっとそこを書いてほしかったです!

西山:再読しきれなかったんですけど、あまり強い印象を持てずにいます。良くも悪くも。最初に読んだときに気になったのが、視線を「するどい」と形容する文章がものすごく多いこと。編集者は気にならなかったんだろうかと。p17、「視線がとてもするどい。思わず顔をふせた」。p47で現れた島尾先生が「笑顔なのに、先生の目はとても鋭かった」。p54「その視線がとてもするどく感じられる」。p56「するどい視線になれずにたじろいでいるあたし」と・・・・・・。なにか、すごく悪いことが起きるのかと身構えるような気分になっていました。それだけでなくて、例えば、p33、4から5行目、「いらいらしていて見ていた華が横から手をだして」という場面や、p34からp35の、イスラム教に関して「そのくらいなら知ってるわ」、という言い方の突き放した感じ。p36「当然だけれど、他の人は全員外国の人。じろじろとあたしたちのほうを見ていた」とか、たたみかける拒絶感というのか、私にとってネガティブな緊張感ばかりを作品から受け取ってしまった。まぁ、はじめて外国に行く、それも日本的な快適さとはほど遠い、不便で、不快なインパクト強烈な行き先では、主人公の感覚としてはこれがリアルなのかもしれないけれど、警戒している感じ、不安な感じばかりが前面に出ています。不便や不快もおもしろがってしまう異文化体験のわくわくを私が期待しすぎなのかもしれないけれど・・・・・・。

げた:私はあんまり鋭くなくて、気がつきませんでした。私はどっちかっていうと、そのことよりも異文化理解だとか、多文化理解へのきっかけづくりに使える、副教材的な本としても、さらっと読めていいかなという気がしています。マンディ、ナシゴレン、日本とは全然違うインドネシアの食文化だとか、アザーンが1日5回だとか、勉強になりますよね。中学2年生の女の子たちを通してだけど、インドネシアの人々の心情なんかが、深く表現されているわけではなくて、通り一遍で、さらっと説明されていて、深みがないといえばないんですけどね。インドネシアに比べて、経済力が日本のほうが上なので、遺跡発掘調査もなんとなくしてやってる感があって、対等ではない関係がただよってきて、そういうところがまだまだだなとという感じはもちましたけどね。テーマの友情ですけど、女の子2人が、お互い嫉妬から生まれたいさかいを超えて友情を育んでいくという展開も楽しむことができました。

アンヌ:今回1番おもしろかった本で、作者の書きたいことは見えてくるのですが、うまく書けているかという点には疑問が残りました。主人公の一人称で書かれていますが、内向きな性格で自分を閉じているし病気もしてしまいます。そんな主人公が周囲を見回しても、鋭い視線で見返される場面が多すぎてその先になかなかいかない。「タイムマシンみたい」などとおもしろいことをよく言う人で、頑固な性格であるとされていますが、華の言うように人から相談をされるような人柄には見えてこない。研究者たちの中で過ごすという魅力的な設定なのに、肝心の研究内容がよくわからない。もう少し説明してほしいし、註を入れてもよかったのではないかと思います。いっそ、楓子さんを主人公として大人向きの小説にした方がおもしろかったかもと思いました。書き方で気になったのは、p83アボカドの木に登るダングさんを「いや、サルそのものだ」というところ。その他p87の「あたしはふるふると頭をふった」マンガではよく見られますが、三人称的表現だと思っていたので気になりました。

コアラ:そういえば、途中でいろいろ違和感があったんだったと、今みなさんの話を聞きながら思い出していたところです。私は、出だしのところは、旅のワクワク感で読み始めました。中学2年生の女の子の友情の物語なんですが、一人称で気恥ずかしいところもあって、p191から、文音と華がお互いのわだかまりをぶつけあう場面は、ちょっと恥ずかしくて読めなくなってしまいました。私自身が一番共感したところは、p201の7行目、「果てしのない研究が未来につながっていくに違いないって思えたのよ。」という楓子さんの言葉でした。子どもの目というよりも、大人の目で読んでしまったような気がします。タイトルは、強いタイトルではないのですが、読み終わるといいタイトルかなと思いました。

ハル:正直なところ「50万年前からあたしと華はつながっている」というところがよく理解できませんでした。仮にそうだったとしても、だから私たちは特別な絆がある、という考え方はちょっと、私の考え方とは相容れませんでした。だけど、そこを抜いてしまうと、女の子同士のやきもちとか、素直になって仲直りとか、そういうのは日常の中で発見できることで、何もジャカルタまで2人を飛ばさなくてもいいんじゃないかなと思ってしまいました。一人称なのも気になります。中学2年生の女の子らしさが少なかったり、主人公の性格からか、日常から飛びだした割にのびやかさがなかったり。せっかくの舞台がもったいなかった感じがします。

さららん:華と文音が異文化に出会い、自分たちの物の見方を相対化していく過程を通して、読者もまた異文化を体験してほしいという作者の意図は、よくわかります。狙いはいいんですが……。現地の言葉に、自分たちで耳をすまして、「バギ」っておはようっていう意味なんだと発見するところなどは、良い描き方だと思いました。現地の人は文音を「ヤネ」と、華を「ナ」と呼ぶ。違う名前を得ることで、2人は違う視点から見た、今までとは少し異なる自分を感じる。「帰ってきたよ、50万年前からの友、ナよ」「うん、帰ってきたね。五十年後までの友、ヤネよ」と、帰国後2人がちょっと芝居がかって言いあうところで、盛り上がるはずなのですが、作者の計算が見えてしまって…残念。あと、リアリティっていう点で、果物とか生野菜を、主人公たちは危ないって言われずに食べてるんですけど、大丈夫かしら。洗い水には注意したほうがいいかも。旅のあいだ、華と文音の気持ちがすれ違い、「嫉妬」という人間の永遠の問題にぶつかるけれど、あまりこじれることなく解決してしまう。お話の構造に、盛り上がりがない。確かに文音はジャワ原人の足跡を見つけるけれど、心に響く、大きな何かとして感じられない。外国に行っても日本人の大人に守られ、日本食に舌鼓を打ち、本当の異文化に出会っていない印象が残りました。

よもぎ:題材は、とてもおもしろいと思いました。知らない国に旅立ち、未知の研究に携わるところなど、だれもが経験できることではないから、読者はわくわくすることと思います。狭い教室のなかで、あの人が意地悪したとか、いじめたということだけでなく、こういう物語がもっとあってもいいんじゃないかしら。主人公と華の気持ちも、よくわかるように書けていました。ただ、アンヌさんがおっしゃったように、説明不足のところが多すぎるのでは? たとえばp53の「テレビで見たことのある南国の大きな葉っぱ」とか、ちゃんと名前を教えてもらいたいし、「研究者のなかに西洋の人もいる」というような表現も荒っぽいですよね。いまどき、こんな風にいう? なかでもひっかかったのが、p120の栗山さんの話。もともとオランダの植民地だった蘭印に、太平洋戦争をはじめた大日本帝国が表向きは独立を助けるという名目で、本心は資源欲しさに進軍したというのは歴史的な資料でも明らかになっていることだし、もっときちんと書くべきだと思います。ただでさえ、近、現代史を教えない学校があるという話ですから。作者の書き方だと、日本とインドネシアという国が、第二次世界大戦で直接戦ったように誤解するのでは? だいたいインドネシア共和国ができたのは、大戦後なのに。どうしてこんなに大事なところをさらっと書きながしてしまったのか、なにかの配慮が働いたのか、ぜひ作者に訊いてみたいと思います。あと、p105の4行目「やさしが」は「やさしさが」、p145の2行目「あたしは」は「あたしが」ですよね? 

ネズミ:4か月くらい前に読んで、今回ちらちらとしか読み返せなかったのですが、前に読んだとき、やや全体に物足りない感がありました。外国に行っても日本のものさしをひきずっていて内向きで鈍感な感じがするのは、地層学者のおばさんに誘われて中2の夏休みになんとなくついてきてしまった女の子という設定だからかなと思ったのですが、そこからもっと成長するのを期待してしまうと、そうでもなかったかなと。またクライマックスの足跡の発見も、都合よすぎる感じがしてしまって。でも、このくらい受け身でぼやんとしているほうが、今の中学生には現実味があって親近感が湧くのでしょうか。説明的な会話が多い気もしました。みなさんはどう読むのだろうと思っていた本だったので、今回とりあげられてよかったです。

サンザシ:異文化に触れた子どもたちの新鮮な驚きは描かれていますが、文章にオリジナリティがないと思いました。そのせいか、作品世界に引き込まれるというよりは、道徳の教科書に出てくる「いい話」を読んでいるみたいな感じがしてしまいました。不満だったのは、リアリティの欠如と、上から目線です。そもそも大事な調査を抱えて忙しい研究者が、初めて外国に行く観光気分の子どもを2人も現場に連れていくでしょうか? それに帰るときも、田舎から危険がいっぱいのジャカルタ空港まで行って、そこから帰国便に乗るのを楓子さんは最初子どもだけでやらせようとします。それもちょっとあり得ないな、と。日本まで一緒に帰れないとしても、普通はジャカルタで飛行機に乗せるところまでは大人の責任でやるでしょう。またp18で栗山さんが荷物チェックが厳しいので、カウンターを蹴って子どもたちをどきっとさせるのですが、私自身は飛行場でカウンターを蹴っている人なんて見たことがないので、栗山さんのキャラ設定としてこれでいいのか、と疑問でした。
 上から目線というのは、たとえばp83でダングさんが木に登るのを見て「サルみたい、いや、サルそのものだ」で終わらせているところ。それから「○○をしてあげる」という表現が随所に出てきます。p117「やさしくしてあげると、ぜったいに気持ちで返してくれる」p118「親切にしてあげると返してくれるのよ」。こういう言い方って、この作家は欧米人に対してもするのでしょうか? もう少し寄り添った書き方ができるとよかったのに。p185「あわてて車にもどるダングさんがすべって転んで、どろまみれになった。思わず、笑ってしまった」というところも、ダングさんがみんなの傘を届けようとしているところなので、これで終わらせてはまずいでしょう? それと、p224の「話しているうちに、わけがわからなくなってきた」というところですけど、ここは二人の友情話にとってはキモになる部分なので、もっとちゃんと書いてほしかった。小学館児童出版文化賞をとった作品なので評価する人も多いと思いますが、私には題材を生かし切れていない、もったいない作品だと思えました。

 

ルパン:p118はさすがに「上から目線」が気になりましたね。「ダングさんに運転免許をとらせてあげたのよ。」とか「小さいことでも親切にしてあげると返してくれるのよ。」というセリフ。「~してあげる」ということばづかいだけでなく、ダングさんが色々よくしてくれるのはこちらに恩があるからだ、という楓子さんの考え方には共感できませんでした。

エーデルワイス(メール参加):題名の「川底にえくぼが三つ」って、なんのことだろうと、惹かれました。女の子の友情と初の海外体験や、カルチャーショックと成長が描かれています。作者の体験がもとになっているので、リアリティはありますが、もう一つ何か足りない感じがします。私事ですが、23年前に初の海外旅行をしました。図書館員チームに入れていただいての、タイ・ラオス図書間交流の旅でした。1週間の平均睡眠時間は4時間。ハードだけど終始笑っていて、濃密で幸せな時間を過ごしました。最後はもちろん涙、涙・・・。その体験が、その後の私の方向性を決めたような気がします。中2での体験は大きいですね。パックツアーではなく、子どもたちもどんどん日本を出て海外体験をしてほしいな。

(2017年4月の「子どもの本で言いたい放題」より)

『ぼくたちの相棒』

Photo 『ぼくたちの相棒』
の読書会記録


ケイト・バンクス&ルパート・シェルドレイク 著

千葉茂樹 訳 

あすなろ書房 2015.11

原題 BOY'S BEST FRIENDS by Kate Banks & Rupert Sheldrake, 2015


コアラ
:とてもおもしろく読みました。翻訳ものは最近読んでいなくて、そのせいか乾いた文章という印象でしたが、たくさんの情緒を表現している物語だと思いました。実在の科学者のルパート・シェルドレイクさんが、物語の中で架空の登場人物の質問にメールで答えるという設定がおもしろいし、フィクションなのに、犬の実験という現実の世界でもありそうな科学的好奇心を刺激するものでストーリーが進んで、フィクションでありつつノンフィクションでもあるというのがおもしろかったです。物語としては、大好きな友達が引っ越していって、そちらでの生活も応援したいけれど、自分はすごく喪失感があってたまらない、とか、喪失の穴を埋められないという複雑な感情を持ちつつ友達になっていく過程とか、繊細な感情を表現していると思いました。特にいいと思ったところは、p123の3行目から5行目、「だけど、そこは神聖な場所なんだ」というところです。それから、気になったのは、p133の終わりから3行目から。なんとなくドイツのユダヤ人の強制収容所を思い出して、著者が意図したかどうか知りたいと思いました。あとは最後の方で、ジョージが飼っていた犬のバートが死んでしまった後、新しい犬にすぐに気持ちを移すところが、ちょっと気持ちについていけないような気がしました。全体的には、友情とか犬と人間の心のつながりとかが描かれていて、とてもよかったと思います。ずっと飼い主を待っている犬、というので、忠犬ハチ公を思い出しました。

アンヌ:2人の少年の口調が同じで、最初に読んでいる時は混乱しました。2 度目に読み直してみると、それぞれの持つ孤独が身にしみてくる感じがしました。全体にゆったりと時間が流れている物語で、翻訳ものを読んでいる気がしませんでした。p217の、お母さんだから何でもお見通しだというわけではなくて、人として感じ取っているのかもしれないという所や、博士がジョージの質問にしっかり答えている所など、心に残りました。最後に犬が死んでしまうところで終わらず、2匹目の犬に出会うところで終わる。きちんとお別れをして悲しんで次に踏み出すという感じが素敵でした。

げた:レスターは「うつろうは楽し。変わりゆくもよろこばし」というマントラを唱えてる、ちょっと変わった子で、美徳リストも作ってるんですよね。1つずつ自分が考えて、自分がそうありたいっていう言葉を書く、上から教え込まれる、例えば「教育勅語」なんかじゃなくてね。こういう事って、自分で考えることに意味があるんで、道徳教育って本来こういうものであるべきだと思うし、こういうあり方を提示しているっていうのはいいなって思いました。一方のジョージが始めた「犬が飼い主の帰りの時間がわかるか」という実験って、私知らなかったんですけど、いろいろ本が出てるんですね。これも子どもたちが自分自身で実験して確かめていくって姿勢がいいなって思いました。バートが死んじゃうんですけど、死ななくてもいい筋にはできなかったのかなと思いますけどね。でも、次のスニーカーという子犬との出会いの場面もとってもよかった。子どもたちに読んでほしい本だなと思いました。

西山:最初に2人が出会うまでのところが、ものすごくおもしろかった! 読みながら、あなたたち絶対友達になれるからって、わくわくしていたのですが、出会ってからは、2人のイメージが混濁してしまって、一気にわくわく感が失速してしまいました。もっとすぐ意気投合するのかと思いきや、なかなかそうも展開しないし。おもしろくは読んだのですが、出だしで抱いた期待感は裏切られた印象です。伊藤遊の『ユウキ』(福音館書店)を思い出しました。これも、親友が転校していって残される側と、転校してやってきた子が出会う。去る側、去られちゃった側、双方の辛さが、どちらも作品も良く書かれていると思いました。

りんご:2人の描き分けができておらず、私も読みにくかったです。それはこの本の残念な点ですが、それを補って余りあるおもしろい本でした!この本当の研究者、シェルドレイク博士とのメールのやり取りがベースになっているのがいいですね。博士が子どもの目線に立って主人公に語りかけているんですが、上から目線ではなく、子ども扱いせずに、対等に話しかけていけて、すごく好きです。ユーモアもあるし、こんな大人がそばにいたらいいですよね。p2から出てくる「美徳」という言葉には違和感がありました。口語では使わないですし、かたすぎる言葉に感じました。自分の犬で実験したり、記録ノートを作ったりと、子どもがマネしたくなるヒントがたくさんあるのもいいですね。

マリンゴ:みなさんもおっしゃっているように、2人の少年と2匹の犬を混同しやすくて、表でも作りたいと思いました。一目でわかる差別化がされていると、読みやすいのですが……。おもしろいと思ったのは、本文の中で優等生のような答えをする科学者が、実在の人物だという点です。ストーリーの展開のための優等生っぽい答えではなくて、科学者自身の考えなのだなとわかって、とても親近感がわきました。最後、犬の安楽死のシーンは、「あぁ……来た」という感じで。海外の文学ってよくこういうのがありますよね。海外在住の友達も、病気の猫を一生懸命介護してたら、どうして安楽死させないのかと現地の友人に言われたそうです。文化の違いもありますから、完全否定するわけじゃないけれど、当たり前のように描かれていることに、若干戸惑いを覚えました。

ルパン:すてきな物語でした。ただ、やっぱり出だしのところはどっちがどっちだかわからなくて、お話の中に入って行くのに時間がかかってしまいました。2人の区別がついてからは、一気に読めたのですが。私もバートが死んだことは悲しかったのですが、p229「ぼくが死んで天国に行ったとき、バートが気づいてぼくのことを待っていてくれたらいいな、と心から思います」というジョージのセリフが、このお話のクライマックスだと思うんです。だから、やっぱりバートはここで死ぬ必然性があったんだと思います。ただ、ここの訳文、「天国にいったとき」ではなく「天国にいくときは」にしてもらいたかったですね。ジョージはまだ死んでないし、子どもだから死は遠い将来のことだと思うので。それから、p108の挿絵がとても好きです。いいですよね、レスターとビル・ゲイツが抱き合って眠っているこの絵。

サンザシ:日本語の「た」は必ずしも過去形ではないし、「行ったとき」は、現時点で見て過去でなくても使えるので、そこは間違ってないかと思います。これ、もちろん悪い本ではないんですけど、レスターとジョージは口調が同じなんですね。育ったところが違うので、原書だと話し方にも違いがあるのでしょうか? 年齢も同じだし、どちらも雑種の犬を買っているし、同じような実験をしているので、まぎらわしかったです。もう少しキャラに差異を出してもらうと、イメージがくっきりするのではないでしょうか? それから、簡単に安楽死が出てくるのは、文化的な違いなんですけど、私は嫌でした。アメリカの作品には、ケガをしたり病気になったりしたペットを安楽死させる情景がよく出てきますよね。人間の安楽死は、その人の意志が反映されるけど、犬や猫は自分の意志を伝えられないのに。いい作品なんですけど、想像力をかきたてられたりはしませんでした。博士は子どものメールに毎回ちゃんと答えてくれますけど、『ヘンショーさんへの手紙』(B.クリアリー著 谷口由美子訳 あかね書房)では、作家が子どもの手紙に答えるのが面倒になって、作家に書いたつもりで日記をつけなさいって言うんですね。現実にはそっちのケースの方が多いんだろうな、と思います。これは博士が著者のひとりなので、最後まで誠実です。だからかもしれないけど、とても教育的な臭いもしてきました。

ネズミ:おもしろく読みました。小6の男の子の気持ちが伝わってくるなと思いました。ほかにも、p125「それにしても『魂』ってなんなんだろう? 魂や霊魂みたいに、はっきりとは定義しにくいことばってあるものだ。自分自身の魂を感じることはときどきある……」のような、考察や実存への問いかけが挿入されていて、作品の幅を感じました。こういうところで、この作品への信頼感が増します。博士に手紙を書く展開で、私も『ヘンショーさんへの手紙』を思い出しました。米国ではこういうのは児童文学の伝統としてあるのかしら。

よもぎ:わたしも、読みはじめたときはレスターとジョージの区別がつかなくって(まったく違っているんだけど!)なかなか物語に入れませんでした。なにかちょっと工夫があっても良かったんじゃないかな。でも、2人の姿がはっきりしてくるにつれ、がぜんおもしろくなりました。犬を使った実験がおもしろいし、実際にいる学者との手紙のやりとりを入れたアイデアが、秀逸ですね。いくつも、いいなと思う文章がありました。p125の「星空は科学と魂が出会う場所」その通りですよね! p132「おれも鳥みたいに、口笛が吹きたいよ」「嘘ばっかり」という兄と妹のビビアンのやりとりがおもしろい。p151「スツールをぐるぐるまわすと目がまわってしまった」子どもって、本当にこんな風ですよね。p194「たしかに成長を見ることはできない。あんまりゆっくりすぎて……」読者の子どもたちは、ぜったいにこんな風には考えない。これは、大人の作者が子どもに贈る、愛に溢れた言葉で、おおげさにいえば児童文学の本質をあらわしているような気がしました。とてもいい本でした。

さららん:2回読みました。2回目はすうって読めたんですけど、1回目はやっぱり入りにくかった。ジョージの妹のビビアンがかわいい。ジョージとレスターの仲を取り持つ、欠かせないキャラとして書かれてますね。レスターに対して素直に打ち解けられないジョージだけれど、ビビアンに口をはさまれて、じゃあこっちでもいっしょにキャンプをやろうよ、と思わずレスターに言ってしまう。その言葉がうれしくて、レスターが家出を思いとどまる場面が好きです。そして家に帰ったレスターは「引っ越しも新しい言葉をおぼえるようなものだ」としみじみ思います。子どもらしい、それでいて哲学っぽい表現がところどころにあり、心の微妙な動きが会話ににじみでている。感情表現の言葉をあまり使わず、それをできごとや行動で表現して、読者に想像させるように書かれている点が、うまいな、と思いました。目で見えるものと見えないものの関係も大事なサブテーマで、博士は科学者だから実験を通して実証するのが仕事だけれど、決して証明できない動物の予知能力も否定しない。「それは研究できるようなことじゃない」と言いながら、科学と人間の気持ちのバランスを否定しないで認めてくれることが、物語そのものの奥行きにつながっているような気がします。

ハル:ジョージもレスターもどちらかというと個性的な子たちなので、作中の登場人物と同じく、私もこの子たちの人物像をつかむまでに時間がかかりましたし、どっちがどっちで誰が誰かを把握するまでに時間がかかりました。でも、読み終えればとてもおもしろかったです。ただ、この情緒的なお話を、子どもが読んだらどう思うのかなというのは疑問です。子ども向けの本というよりも、大人が読んで味わい深い、というタイプの本じゃないのかなぁと思います。

 

サンザシ:この本の翻訳者は本来とてもじょうずな方なのですが、たとえば13pの「人間や動物は」は「人間と動物は」じゃないかなと思ったり、少しわかりにくさと違和感がありました。それに2人の主人公の差を出すところなども、編集者が最初の読者としてアドバイスするなど、もう少しがんばってほしかったかな。

エーデルワイス(メール参加):レスターが繰り返し唱えるマントラの「うつろうは楽し。変わりゆくもよろこばし」って、深いですね。ジョージは、飼い主がいつ帰って来るかを犬が察知するかどうかの実験をしていますが、ルパート・シェルドレイクの回答が機知に富んでいます。物語全体が哲学的だと思いました。犬のバートが死ぬくだりは切ないです。訳者の千葉さんも、後書きに、子どものころ愛犬エルを失った悲しみを書いていますが、経験した人にしか分からない深い悲しみがあるのだと思います。

(2017年4月の「子どもの本で言いたい放題」より)

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