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2018年6月 2日 (土)

『魔法学校へようこそ』

Photo_2 『魔法学校へようこそ』
の読書会記録

さとうまきこ/作
高橋由為子/挿絵
偕成社
2017.12



ネズミ:うーん、子どもたちに読ませたくないことはないけれど、積極的に読ませたいとも思わなかったというのが正直なところです。ため息をついていた3人の子どもが魔法使いのおばあさんに出会って、その後どうなるのかと読み進めました。おばあさんが時を9秒止める、9センチ物を持ちあげる魔法を教えるというのは、少しのことで人生は変わるということの象徴なのでしょうか。おばあさんが最後に3人に言葉ですべて説明してしまうのが残念でした。物語のなかで気づかせてくれるといいのになあと。

西山:ネズミさんはこの言葉を避けておっしゃってた気がしますが、言っちゃいますね。あまりおもしろくなかった。魔法を使って、もっと楽しめばいいのに。にょろにょろした矢印はおもしろいのに、と。いぬいとみこが『子どもと文学』(福音館書店)で、小川未明の幼年童話「なんでもはいります」に対して、「ポケットにはなんでもはいります、という『発見』をしたところから、何か事件がはじまるべきなのです」(p31)と批判していたのを思い出しました。『子どもと文学』の主張を全面的に支持するわけではありませんが、これは中学年向きに作られていると思うので、そのぐらいの子どもにとっては9秒時間を止められる、9センチ物を浮かすことができる魔法で、どきどきわくわくすることこそ大事なのだと思います。作家の主張がストレートに書かれてもいいけれど、それと同じだけ、というか、それ以上に、読者の心を自由に遊ばせることはおざなりになってはいけないと思います。

ハル
:書き手の「伝えたい!!」という熱意が前面に出ている感じがしました。物語の始まりはわくわくするし、魔法が妙に限定的なところもおもしろいと思いましたが、メッセージがわかりやすすぎるので、読者も「あ、これはおもしろい本と思わせて、お説教しようとしているな?」と気づくと思うんです。「だまされないぞ!」という気持ちにならないでしょうか。読書感想文は書きやすいかもしれませんけど。

アザミ
:私もあまりおもしろく読めませんでした。昔の時代劇みたいに、リアリティから遠い感じがしてしまって。現実には、三人の異質でこれまでほとんど話もしたことのない主人公が、おばあさんにちょっとくらい魔法を習ったからって、すんなり仲良くなったりしないでしょ。作者には、もう少し真剣に子どもと向き合ってほしいと思いました。紅子の口調が「〜だわ」というのも、現代の子どもにしては不自然です。

コアラ
:さらっと読んで楽しむ本だと思いました。舞台となっている千歳船橋は、よく行く場所なので、駅前を思い出しながら読んだりして個人的にはおもしろかったです。

アンヌ
:主人公にまったく個性がなくて、普通の子という設定なんでしょうが、なんだか人間像が浮かび上がってきません。物語自体はかわいくておもしろいけれど、お説教くさい。魔法も9という数字がおもしろいのに、最後にどうなるかというところで、全然違っていて拍子抜けする感じです。魅力的な要素があるのになぜか退屈な感じにおさまっています。それでも、もし動く矢印がいたらどうするかと問われたら、追いかけますと答えます。嫌いな世界ではないけれど、物足りない感じですね。

ルパン
:とりあえず最後までさらっと読みました。いちばん気になったのは、子どもたちを名前でなく特徴で呼ぶことです。「背の高い少年」とか。ほかにもたくさんいるうちのひとりのような、十把ひとからげの呼び方ではなく、ちゃんと名前で呼んでもらいたいです。良かったのは、クラスで相手にされていない紅子と男の子たちがだんだん仲良くなるところ。はじめのうち、「学校では口をききたくない」と言っていた子たちが、堂々と仲良くするようになるまでのプロセスは好感がもてました。ただ、ストーリーがありきたりすぎて、結局あまりおもしろくない。時間が止まる魔法も、ほかの人の動きが止まってその間に何かするとか……発想が古いなあ、と思います。

オオバコ
:図書館にある本をかたっぱしから読むような、とにかく読むのが好きな子が、するするっと読むような本だと思いました。作者は、みみっちい魔法を書きたかったのかしら? それだったら、みみっちさに徹すれば良かったのに、終わりのほうでなんだか壮大な話になってしまった。魔法使いのおばあさんの長い演説ですが、こういうのは演説で書かないで物語で書かなきゃね。まあ私も、小さいころは、けっこうこういう演説が好きだったけど……。

アザミ
:私は大人が何らかの意図をもって猫なで声で迫って来るような作品は大嫌いでした。

さららん
:私もするするっと読みきりました。最後に魔法使いのおばあさんの家が空にむかって発射されるところは、ひと昔前に書かれた児童文学、例えば1953年に書かれた『アーベルチェの冒険』(アニー・M・G・シュミット作 岩波少年文庫)や、1963年の『ガラスのエレベーター 宇宙にとびだす』(ロアルド・ダール 評論社)を思い出しました。おばあさんが3人の子どもたちの名前を覚えないのは、どうしてでしょう。紅子のことを「顔をかくした少女」と呼ぶのには意味がありそうだけれど。ちょっとした悩みのある、どこにでもいる子、ということを強く打ち出し、そんな3人を主人公にすることで、読者に身近な物語にしたかったのかもしれません。

アザミ:
どうしてこの子たちは、おばあさんに呼び出されたんでしょうか?

オオバコ
:わたしも、この3人がどうして選ばれたのかなと思いました。特に「ぼく」なんて、なんの悩みもないような子なのに。

アザミ
:特に問題がない子どもたちを呼んだのだとすると、このおばあさんは問題がある子がたくさんいて忙しいわけだから、物語世界が破綻するのでは?

レジーナ
:同じ作者の『9月0日大冒険』(偕成社)はおもしろく読みましたが、この本は、登場人物もステレオタイプですし、絵もクラシカルで、ひと昔前の本を読んでいるような……。

エーデルワイス(メール参加)
:ユーモラスな絵が、シリアスな内容の物語を助けていると思いました。ちょっとお説教臭いかな?

(2018年3月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)

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