無料ブログはココログ

カウンター

  • nowカウンターblogblog
    アクセスカウンター
    ガス給湯器ECサイトネットショップ裏dvd裏dvd裏DVD案内所dvddvd 300dvd 200
    サイト売買保険オンラインカウンターページランク出会い出会いエステ美容整形クレジットカード
    消費者金融キャッシングローン無料ホームページ無料メールフォームメールフォーム社長ブログアクセスログ解析アクセス解析
    ブログカウンターdvd社長ブログ給湯器裏DVDランキング地デジ アンテナ
    無料カウンターデリヘル出張ホストデリヘル求人アダルトグッズ里親里親募集求人情報私書箱ブログ
    無料ブログ美容室アルバイト情報シンクタンクwebコンサルティングインターネット広告seo対策赤ちゃんハッカー裏dvd無修正dvd裏dvd無修正dvd裏dvd 300円裏dvd 200円
    無料アクセスカウンターdvd 200dvd 200dvd 200
    裏dvd無修正dvd医薬品 買取ブログパーツアダルトサーバー海外サーバー海外レンタルサーバーレンタルサーバーレンタルサーバーアクセスカウンターお見合いアクセスカウンター無料カウンター
    ブログカウンター結婚相談エアコン工事マスゴミデコメカウンターserverserverblog partsblogseosemthink tank

エッセイ・つぶやき

2016年8月13日 (土)

国際協力についての2冊の本を読んで

Photo ただ今書いている途中の戦争と平和の児童書のブックガイドですが、今日は『地雷の村で「寺子屋」づくり』(PHP)という本について原稿を書いていました。この本のサブタイトルは、「カンボジアひとりNGO栗本英世の挑戦」。著者の今関信子さんがカンボジアに栗本さんを訪ねて、その活動について書いている本です。

アジアについてはあまりご存知なさそうな今関さんが、栗本さんについて歩き、いろいろと知っていくという内容です。本作りという点では記述に不確かなところもあるし(たとえばこの本を読んだ人は、マラリアにかからないためには予防接種が必要だと思ってしまうでしょう)、流れがうまくつけられていないと感じる部分もあり、少し残念な仕上がりです。でも、この本を取り上げようと思った理由は二つあります。

一つは、とても素直な方らしい今関さんが、何も知らないでぼっとカンボジアに行ってしまって、おたおたしたり、感動したり、反発したり、自分の言動を反省したりするところ。たぶん日本の子どもも、同じように心を動かすのではないかと思ったのです。

もう一つは、栗本さんの活動が、普通の私たちが考える支援とは違うところ。例えば今関さんが荷物をもたせてくれ、と寄ってくる子どもたちに、5円くらいなんだからちょっと小さな荷物をもたせてやろうとすると、栗本さんは、 「恵むようなことをしてはだめです」と、ぴしゃっと言います。安っぽい同情心を許さない。そして、こう話すのです。自分が知っている物乞いのある少年は、大人の物乞いの5倍くらい稼ぐのだが、それはやせ細って死にそうに見えるからだということ、そしてその子の義理の母はそれがわかっていて、その子に食事をさせなくなったということを。彼は、その義理の母を責めているのではなく、私たちが後先を考えずに、「金や物」をめぐんで自己満足してしまうことを責めているのです。

栗本さんが「金」「物」は魔物だと思っていることは、この本の端々にもあらわれています。たとえばこんな箇所もあります。

 「オワンちゃんたちが、どんなに困っていても、どの家より困っているとわかっていても、ここに食べ物や品物を持ってきてはならない。特別あつかいはできないのだ。どの家も苦しい。ぎりぎりのところで、ふみとどまっているからだ。
 たとえ善意であっても、物を持ち込めば、それで波風がたつ。物なんて、ただの物だ。それ自体、なんの力もない。だが、物は、人の手にふれると、そこから思いがけない動きをつくる。物とは、そういうものだ。
 オワンちゃんたちが、いやがらせをうけないとも限らないだろう。なぜ、オワンちゃんの家だけに物が届くのか、不信感も生まれるだろう。人の心に疑いの芽が目ばえたら、思いはまっすぐ届かなくなるのだ」(p126−7)

その原則に従うと、当然のことながら辛いこともたくさん出てきます。たとえばある日、栗本さんの事務所に親子(父、母、子ども4人)がたずねてきます。土地を借りて農業をしていたけれど、不作で土地の借り賃が払えなくなり、払うには娘を売るしかなくなっていると、その人たちは言います。つまり、自分たちよりお金を持っていそうで、カンボジア人の役に立とうという気持ちを持っている栗本さんに泣きついたのです。栗本さんにも窮状は痛いほどわかりました。でも、栗本さんは断るしかなかったのです。こう言って。

「ぼくは、長い内戦で、親を失ってしまったこどもたちに、安心して暮らせる場をつうりました。クラッチェに家を買いました。そこで、子どもたちを世話してくれる大人と、行き場を失って、困っていた子どもたちの、共同生活がはじまっています。“カンボジアこどもの家”です。ぼくは、親がいる子どもたちまでは、支援できません」と。(p127)

お父さんもお母さんも手を合わせてから帰って行ったそうです。でも、一緒に来ていた女の子は確実に売られていくしかなかったと思うと、栗本さんは、その夜は辛すぎて眠れなかったそうです。

こんな時、お金がちょっとでもあれば、渡してしまう方がどんなに簡単か。その人たちのことだけを考えれば、だれだってついつい渡してしまいたくなるでしょう。渡さないほうがずっと辛いのだから。でも、現地の社会全体のことを考えれば、渡せない。栗本さんのところに、辛いことが次から次へと押し寄せてくるのは目に見えています。そういう現実と向き合って、少しずつ道を探していくしかないのだと思います。強い人でないと、なかなかできないことです。

だから栗本さんは悩んでいます。

「ぼくは砂山を登っている気がする時があるんです。自分では、全力をかたむけて登っているんだけれど、足元からくずれておちるんだ。ぼくには、砂山をつくりかえられない。どうすればいいのだろう」(p130)

Photo_2 私は、栗本さんのことがもっと知りたくなって、もう品切れになっていて図書館にも入っていない本をアマゾン中古本で買いました。『慈悲魔〜カンボジア支援活動で見えてきたこと』(栗本英世著 リーブル 2008)という100ページもない本です。

「慈悲魔」とは聞いたことがない言葉ですが、栗本さんがインドに帰化した日本の女性から聞いた言葉で、その女性は、インドの街で物乞いをする人たちの中には、せっかく誕生した子どもが餓死することを恐れ、生まれたばかりの子どもの手足を切ったり、目を傷つけたりする親もいると語ったそうです。子どもが障碍者になれば、人々の哀れみをいただいて生きていけるからだとのこと。つまり「親が心を鬼にして子どもの命を守ろうとする行為」を「慈悲魔」と呼ぶとその方は言ったそうです。栗本さんは善意の人の慈悲の心が生み出す魔物、つまりこの本の表紙にも書いてあるように「良かれと思い行う援助が相手の人々を苦しめる」ことをそう呼んでいるようです。

そして、こちらの本では、栗本さんはこう書きます。

「カンボジアの人たちは、人々の優しさ、慈悲に狂喜し、自分たちではなにもしなくなっていき、すべての国策事業を海外援助に任せるようになってきました。援助者は自分たちの考える幸せや、よいと思えることをしているに過ぎません。相手の文化や宗教も無視し、自分たちが得た価値観を押し付けてきます。また、物資が豊富になることを、幸せになることと思っている人たちによって、多くの物が持ち込まれます。」(p12)

そしてこの本には、日本のNGOの失敗例(本人たちは成功したと思っているけれど、栗本さんから見れば、なんてひどいことをするのだろうと思うような例)がたくさん挙げられていました。

私たちのアフリカ子どもの本プロジェクトの会員に、コンゴ民主共和国から来たトコさんというジャーナリストがいます。彼は、いつも「金や物をめぐむな」と言っています。「コンゴにはどれだけたくさんの資金や物質が国際援助団体からつぎこまれてきたことか。それで、何が変わったのか? それをちゃんと見てから、やれることをやれ」と。(トコさんは控えめな人なので、もっと穏やかな言い方ですが)

マラソンの高橋尚子さんによる「スマイルアフリカプロジェクト」というのが、かつてありました。ウェブサイトによれば、こういう主旨です。:「子どもたちに笑顔のシューズを贈ろう」を合言葉に、子どもたちのサイズが合わなくなったシューズを「回収」し、裸足や裸足に近い状態での生活を余儀なくされている途上国の子どもたちにシューズを「寄贈」するプロジェクトです。

一見すると美しい善意の行為に思えます。感動して、シューズを寄贈した人たちも大勢いたと思います。一時は生協でも賛同キャンペーンをやっていました。でも、トコさんはこれにも反対でした。「スポーツシューズをはくのに慣れたら、次も同じようなのがほしくなる。でも、アディダスやナイキのシューズはいくらすると思いますか? ゴミの山が出来るしね」と。私もそこは、よくわかりました。アフリカには使われなくなったゴムタイヤでサンダルを作る人がいます。小さいけれど靴を作る工場もあります。その人たちの仕事も奪うことになると思いました。

栗本さんも同じようなことを書いています。

 「靴は欲しいですか? と訊ねれば、全員から拍手で歓迎され、欲しいという答えが返ってくるでしょう。でも、足の大きさはさまざま、好みの色も分からないので全員を市場に連れて行き、それぞれが好みに合った色、形を見つけ、大喜びとなります。でも、数か月の月日が過ぎていくころ、〈慈悲魔〉が起こります。
 カンボジアの子どもたちは、ほとんど裸足で走り回っています。石を踏んでも、木の切り株に乗っても痛くありません。その子どもたちの足の裏は厚い皮膚に覆われていますが、靴を提供すれば、靴をはいて毎日過ごすうちに足の裏の皮が薄くなり、石や切り株を踏めば足を痛めてしまいます。継続的に靴を買うお金があればよいのですが、買うことができないと、『新しい靴が欲しいな!』と、ないものねだりの心が起きてきます。〈慈悲魔〉・・・。
 靴をはいたことがない子どもたちは、靴がないことで悲しい思いはしませんが、靴をはきなれてくると靴がないことが悲しいこととなります。子どもたちに喜んでもらいたいと願い行う援助が、子どもたちを苦しめてしまいます。」(p48 私も編集者なので、文章のつながりがおかしいところは、少し変えました)

栗本さんが、それだけカンボジアの人たちのことを考えて活動してきても、ある日、カンボジアの新聞に「孤児たちをレイプした」という捏造記事が載ります。冤罪事件ですが、栗本さんは自分の活動にも間違った部分があったとして、こう述べます。

「国民一人当たりの年間収入が200ドル前後で生活している人たちから見れば、私たちの活動は、鼻持ちならない金持ちの活動に見えたのでしょう。事件が起きた背景に、うらやむ心「嫉妬心」が起こり、どんなに役に立つ活動を続けていても、妬みの心を持つ人たちには迷惑で、私たちがいなくなるのがよいと思っているのでしょう」(p57)

栗本さんのような人でも、そういうことが起こるのです。たとえば、お金を無心に来た人が断られて逆恨みをする場合だって考えられなくはない。お金を持っている国の人が、お金をもっていない国の人と本当の意味で友達になるのは、それほど難しいことなのだと思います。

この二つの本には、「カンボジア子どもの家」という栗本さんの活動のウェブサイトが載っていました。でも見ると、2013年以来更新されていませんでした。『慈悲魔』という本には、栗本さんは脳腫瘍を患っていると書かれていました。もう今は活動のできない状態になっておられるのかと、心配です。

2016年8月 3日 (水)

サルヴァ・ドゥットさんの物語

ただ今私は、戦争について書かれた児童書のガイドブックをつくっています。

で、リンダ・スー・パークの『魔法の泉への道』(金利光訳、あすなろ書房)を三度目に読み直していました(やっぱりもう一度読み直さないと責任持って原稿が書けないので)。主人公はサルヴァ。

スーダン南部で内戦によって故郷を追われ、親が殺されたり親とはぐれたりして、エチオピアの難民キャンプまで逃げていくけれど、91年にメンギスツ政権が倒れると、その難民キャンプを追い出され、今度はケニアの難民キャンプに向かう子ども(そのうち若者になりますが)たちの話です。この子たちはロストボーイズと呼ばれて一部はアメリカに迎えられます。リンダ・スー・パークもアメリカで会ったサルヴァ・ドゥットさんというロストボーイに出会って話を聞き、この本を書いています。

関連資料にあたっていたら、このサイトを見つけました。
サルヴァ・ドゥットさんは(映像を見るとわかりますが、とても知的な賢い人です。11歳から家族を失って一人で生き抜くことを余儀なくされ、長い年月を飢えや暴力にさらされて過ごした人とは思えないくらい。人間ってすばらしいと思わせてくれるような人です)、アメリカで教育を受けた後、今はスーダンに戻って「南スーダンに水を」(本の後書きはちょっと間違っています)というNGOを立ち上げて、南スーダン各地に井戸を掘ったり、学校を建てたりしています。

彼のウェブサイトにサルヴァさんの話している映像があります。
http://www.waterforsouthsudan.org/salvas-story/

またリンダ・スー・パークがサルヴァさんと話している映像も見つけました。2014年の映像です。
https://www.youtube.com/watch?v=H1Q6pj4l5uA

サルヴァさんが幼い子どもたちに話している映像もありました。兄弟げんかをすると言う子を、「だめだよ」とたしなめたりしています。戦争とけんかが、彼にはダブって見えるのでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=D33I3Uqr8VE

また、こんな資料も見つけました。サルヴァさんのようにチャンスに恵まれなかったロスト・ボーイズたちの記事です。彼らは親から離れて故郷を追われ、せっかく落ち着いたエチオピアの難民キャンプから追われて銃撃されただけでなく、難民キャンプにたどりつく途中で、多くが野生動物に食われたり、飢餓や不発弾にやられたりして命を落としているのです ね。でも、なんと、ロストボーイズ(どうして女の子はほとんどいないんだろう? みんな結婚してしまう?)のほとんどは、まだ難民キャンプから出られない でいるのです。
http://blog.goo.ne.jp/renkanere/e/3d72276dffe18501b02ea36bd9451f2e

Photo

2016年6月22日 (水)

夢中になって読んだ本

夢中になって読んだ本

私は、子どもの時から活字中毒といってもいいくらい、本好きだった。そしてジャンルにこだわらず、手当たり次第に何でもかんでも読んできた。親からは、まだ活字が読めない三歳ごろから、分厚い本のページを飽きずにめくっていたと聞いているので、中身ばかりでなく本という形態にも興味を示していたらしい。

Photo_4

学校に入ると、国語の教科書をもらってすぐにひととおり読んでしまい、上の学年の子のも借りて読んだ。今のように子どもの本がふんだんに手に入る時代ではない。父は会社の帰りに時々古本雑誌を買ってきてくれたが、クイズのページなどにだれかの鉛筆が入っていると、ちょっとがっかりしたのをおぼえている。それで、最初から自分のものといえる本がほしいと強く願っていたので、講談社の[少年少女世界文学全集」が発売になると、早速親に頼んで毎月買ってもらった。私が通っていた小学校に間もなく図書館ができて、そこで本が借りられるようになったのもうれしいことだった。

小学校時代に感動した本でおぼえているのは、ストウ夫人の「アンクル・トムの小屋/トムじいやの小屋」だ。講談社の全集より前の岩波少年文庫で読んだのだと思うが、感想文を書いて先生にほめられた。この本は、今読むとアンクル・トムに卑屈なところがあり、子どもたちにお薦めする気にはなれないが、アメリカの奴隷制度のことを初めて知ったという点では、私にとって意味のある本

Photo_5だった。私はその後、反アパルトヘイト運動にかかわったり、アフリカ人作家や、アフリカ系アメリカ人作家の本を多く訳したりするようになるのだが、ストウ夫人のこの本が、その遠いきっかけになっているのかもしれない。

大学は仏文専攻だったので、シュールレアリスム作家アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』とか。現実と幻想と狂気がないまぜになった『ナジャ』などを読んで、世間の常識といわれるものから自分をなるべく遠くへ引き離そうとしていた。
アメリカの公民権運動も盛んだったので、ジェイムズ・ボールドウィンの評論集『次は火だ』(すごいタイトル!)とか自伝的小説の『山にのぼりて告げよ』、ラングストン・ヒューズの『ブラック・ボーイ』なども、そのころ夢中になって読んだ本の一部だ。ラングストン・ヒューズの詩の一篇は、後に絵本の形になっているものを自分でも翻訳することになった(『川のうた』光村教育図書)。この詩の原題は、「黒人は川について語る」というもの。両親が早くに離婚して祖母に育てられたラングストン・ヒューズが、メキシコに父親をたずねていった18歳の時に書いた詩だ。アフリカ系の人々を代表する「わたし」が、アフリカやアメリカのさまざまな川とのかかわりの中で生きてきた歴史をうたっているのだが、私が好きなのは、「それで、わたしのたましいも、川のようにふかくなったPhoto_6 のだ。」というところ。作品を通して川のように深い魂をもった人と触れあい、いろいろな想像をふくらませることができるのも、文学の醍醐味ではないだろうか。

そのころの私は、「今」「ここ」から離れてなるべく遠くへ行きたいと思っていたが、本の中ではそれが大いに可能なのだった。本の中の主人公の靴を自分もはいてみることで、主人公の体験の一部を共有できるということも、そのころにはもうわかっていた。

卒論にはサン=テグジュペリを取り上げた。パイロットで、とても孤独だった(ように思う)サン=テグジュペリが空から大地を見おろしてさまざまに思いをめぐらせた結果の『夜間飛Photo_7 行』や『人間の土地』は、この世の人間のありようを描きながら、片方にはぽつんと空に浮かんでいる星のような視点もあって、好きだった。

サン=テグジュペリについては、その後また、思い出すきっかけがあった。西アフリカに行ってバオバブがいかに有用な木か、ということを知った時だ。『星の王子さま』では、バオバブは悪い木とされていたので、私も長いことそう思い込んでいた。『アフリカの大きな木 バオバブ』(アートン)を訳したのは、私と同じように日本人の多くが信じているだろうバオバブ有害説をくつがえしたいと思ったからだ。私の仕事場にはいま、種から育てたバオバブの苗が七本、すくすくと育っている。

その後出版社に入って児童書の編集にたずさわったが、児童書のことはほとんど何も知らなかったことに気づき、三年で辞めてイギリスに渡る。そしてイギリス人

Photo_8

家庭でベビーシッターなどをしながら四年も過ごすのだが、このときは子どもたちが寝る前に本を読んであげるのが私の役目だった。子どもの生の反応に触れながらいろいろな本を読んだ体験が、私の財産の一つになっている。当時七歳、五歳、三歳の子どもたちが、げらげら笑い大喜びした幼年童話があった。それは、寝ている間に倒れてきた分厚い掲示板に体をぺちゃんこにされた少年の物語。少年は体が変形してしまったことを逆手にとって、封筒にもぐりこんで旅をしたり、凧になって空に舞い上がったり、夜の美術館で泥棒をつかまえたりする。文章もユーモアたっぷりなうえに、トミー・ウンゲラーのゆかいな絵がついているのも魅力だった。後のこの童話も翻訳して出版し、今でも版を重ねている(『ぺちゃんこスタンレー』あすなろ書房)。

(三鷹の森ジブリ美術館発行「季刊トライホークス」2013年2月27日 掲載)

2015年9月15日 (火)

ケニアの子ども新聞

ケニアの新聞と子ども新聞の話

Photo_2 「アフリカ子どもの本プロジェクト」が支援しているシャンダ・ドリームライブラリーの図書館委員会(地域の人々の集まり。ライブラリアンのほか教員、お百姓さん、保護者などがメンバーです)から、新聞を土・日も入れてほしいという希望が出ました。ドリームライブラリーは基本的に子どもの図書館だし、新聞を読むのはほとんどが大人だろうと考えて、私たちはまず子どもの本を先に、と考えていました。でも、日本の別のNGO(「少年ケニヤの友」)のサポーターの方が、新聞代を寄付なさっているので、今は、平日の新聞はドリームライブラリーで読めるようになっています。

日本のケニア大使館のウェブサイトには、新聞についてこんな記載があります。

ケニアは、報道に対する規制が少ない国です。最も広く読まれている英語日刊紙は、「 デイリー・ネーション (Daily Nation)」、「 イースト・アフリカン・スタンダード(East         African Standard)」、「ケニア・タイムズ(Kenya Times)」です。また、週刊で発行される「ザ・イースト・アフリカン(The East African)」では、ケニア、ウガンダ、タンザニアでその週に起きた主なニュースを知ることができます。これらの3種の新聞は、ケニア国外のニュース やスポーツの記事も掲載しています。「タイファ・レオ(Taifa Leo)」、「ケニア・レオ(Kenya Leo)」などのスワヒリ語の新聞もあります。

ドリームライブラリーに置いてある新聞は、デイリー・ネーションです。1日60シル(70円くらい)で夕刊はありません。エンザロ・ドリームライブラリーでも、大人の方が図書館に来て新聞を読んでおいでの光景をよく目にしていました。

Photo_7 Photo_8 Photo_9

シャンダ・ドリームライブラリーは地域図書館ですが、シャンダ小学校の敷地に立っています。図書館開設時のシャンダ小学校校長であるジャクソン・イングチアさんが、私たちと委員会との話し合いにも出席してくださったのですが、イングチアさんはこう言われました。

Daily_nation_2 「新聞を自分でとることができる村人はわずかです。最近のケニアはいろいろなことが大きく変わっていますが、そうした時事問題は新聞を通してしかわかりません。子どもの教育に関するシステムも大きく変わったのですが、そういう変更についても新聞を読まないと知ることができません」

特に週末版は、子ども向けの絵や写真や漫画なども載っているからなおさら必要だという声もあり、私たちは日曜版を買ってみました。すると、中にyoung nationという6ページ分の特集が入っていました。

young nationの2015年8月23日の1面は、13歳の少女スザンヌ・ボシボリさんが、ケニアの最高裁判所長官に会いにいったというメイン記事のさわりと、各面にはどんな記事があるかという紹介が載っています。

Young_nation_1_3    Young_nation2_3  

2面の左には、子どものお誕生日を祝う言葉が子どもの写真付きで載っています。家族から寄せられた言葉と写真を載せているようです。まん中の一番上は、夏休みをドラッグの誘惑にとらわれたりしないで有意義に過ごそうという「手紙」ですが、だれからの手紙でしょうか? 子どもの読者からだとすると、この子は優等生ですね。その下のピンクの囲みは「引用」。「知恵は束ねて隠しておかなくてはいけないお金とは違う」という西アフリカのことわざのほか、キング牧師とヘレン・ケラーと、なぜかゴルダ・メイアの言葉。その下の青い囲みは「フェイスブックから」。保健の問題についての意見
が並んでいます。

2面の右の上はなぞなぞ。「顔と二つの手はあるのに、腕も脚もないのは?」(時計)など10問が並んでいます。その下は迷路ですね。

2面の下には、ケニアの漫画家による「リンダ」が載っています。

3面は1面から続くメイン記事で、スザンヌさんが最高裁長官に会いに行った時の写真と、会見の内容です。スザンヌさんは、将来ケニアで女性初の最高裁長官になりたいという夢を持っていて、夢をかなえるためにはどうしたらいいか、と長官のウィリー・ムトゥンガ博士にたずねました。長官はスザンヌさんを励まし、「最高裁長官じゃなくても、ケニアで女性初の大統領にもなれますよ」と言葉をかけています。舞台を日本に移して考えてみてください。女性の活躍を推進しようということでは、ケニアは日本よりずっと進んでいるような気がします。

Young_nation3_3     Young_nation4_2  

4面はゲームの紹介と、「サラとマンボ」という漫画と、クロスワードパズルと数独。それに、ミノカサゴについての豆知識。

5面の本の紹介記事は、ナイロビにあるモラン社から出たThe Adventure of Prince Windsunという冒険物語を紹介しています。右上のコラム聞き慣れない言葉の紹介。その下は塗り絵。(下は広告)

Young_nation_5    Young_nation6

6面はケニアの漫画家マイケル・ムネネ作の昔話をもとにした連載漫画で、イボイノシシやノウサギも登場しておもしろそうです。その下のExplorersも、連載なのでしょうか? ここだけではよくわかりません。またこの面には、クロスワードパズルや数独の答えや、間違い探しのおまけも載っています。

と、young nationの内容はこんな感じなのですが、なるほど、子どもも楽しむだろうな、と思えます。それに、子ども図書館では会っても、地域の大人の人たちが新聞を読みに来て子どもが本を楽しんだり勉強したりしている姿を目にするというのも、いいことだなあと思えてきました。そこで、なんとか土・日も講読できるようにしたいと思っています。  

2015年9月 4日 (金)

ケニアのカカメガ・ナショナル・ライブラリーと中国の存在感

ケニアのカカメガ・ナショナル・ライブラリーと中国の存在感

20150820_152055 私たち「アフリカ子どもの本プロジェクト」は、西ケニアに二つの小さな子ども図書館ドリームライブラリーをつくっていますが、ケニアの公立図書館はどんなものかと思い、カカメガ・ナショナル・ライブラリーを訪問しました。場所は大通りには面していないので、ちょっとわかりにくい場所にありました。

ナショナル・ライブラリーという名前なので国立の図書館かと思ったら、国立はナイロビにある1館だけで、あとは公立といったほうがよさそうです。(後で、日本だって国立は一つしかないでしょう、なんてシティマさんに言われました)

受付に行って、見学に来た旨を告げると、若い男性の図書館員ファビアンさんが、館内を案内してくださることになりました。ちなみに受付の女性は、日本人がこの図書館に来たのは初めてだ、と言っていました。出入り口では警備会社のスタッフが本が盗まれないように警備しています。

図書館は大人のセクションと子どものセクションに分かれています。大人のセクションにはかなり大勢の来館者がいて、調べ物をしたり、本や新聞を読んだりしています。手作り風の点字の本もありました。聞くと、この図書館には150冊くらい点字の本がおいてあるそうです。また、館内の椅子を中庭に持ち出して、風にあたりながら本を読むこともオーケーなのだそうです。ファビアンさんは、「外で読んでもオーケー」というこのシステムがご自慢らしく、何度もそうおっしゃっていました。

カカメガのこの図書館の蔵書数は4万冊。パソコンも何台かおいてあり、制限時間以内の利用が許されています。

書架はDDC(デューイ十進分類法)に基づいて分類され、本が並んでいます。古い本が多いように思ったので聞いて見ると、本のほとんどが寄贈によるもの、とのこと。本を購入する予算もほとんどないので、どうしても寄贈に頼ることになるのだそうです。研修インターンで来ている大学生もいましたが、職員のお給料もなかなかきちんとは支払われないらしく、たいへんななかでやりくりしているのがわかりました。

20150820_152252 子ども図書館の方に行ってみると、子どもが3人ほど本を見ていました。今は夏休みなので午前中はいつも20人以上の子どもが来ているのだそうですが、カカメガは原生の熱帯雨林があるくらいなので乾期でも午後の遅い時間帯になるとスコールが来ます。この日も、空模様が怪しくなったのを見て、子どもたちはほとんどが家に帰ったようです。

残っていた3人のうち1人の女の子は常連で、本がとても好きらしく、ファビアンさんも名前を知っていました。さまざまな種類の本がおいてありますが、書架も寄贈によるものらしく、背が見えるように並べることができないでいる棚もありました。入館者はノートにつけてチェックしていました。ここもやはり古い本が多いのと、たくさんの子どもに読まれて、表紙がとれたりページが外れたりしている本がかなりありました。日本だと古い本は廃棄することが奨励されますが、ここではどんなにボロになっても、大事にみんなで読んでいます(それは、ドリームライブラリーも同じです)。ただ修理が追いついていないらしく、かわいそうな状態のまま置かれている本もありました。

おもしろいのは、ケニアでは読んだ本はカウンターや書架に返すのではなく、中央にある丸テーブルに返すようになっていること。以前、シャンダのドリームライブラリーの写真を送ってもらったとき、本が机の上に雑然と山積みになっているのを見て、あれっと思ったのですが、それはこうした伝統があったからなのだのだと、わかりました。貸出は、カードで行っています。

20150820_152942_3 20150820_152953 20150820_153127  

見学が終わった後、ケニア西部一帯のの図書館をたばねる役割をしているらしいコリー・シティマさんに話を聞きました。日本と違うのは公立図書館も有料だということです。ちょっと前までは、登録をして年間利用料を払わなくてはいけなかったのですが、それは現在無料になっています。でも、一日利用料が大人は20シル(1シルは1円強)、子どもは無料、貸出は2冊まで2週間借りられるそうですが、1冊につき大人が20シル、子どもが5シル払わなければなりません。延滞料は大人も子どもも、1日につき10シルです。

子どもの読書を推進する活動として、Reading CompetitionとかChildren's Reading Tentなども行っているけれど、予算の関係で今は不定期になっているようです。リーディング・テントというのは、子どもたちに本を好きになってもらうための活動で、図書館のない地域に大きなテントを張って、その中に本を備えるだけでなく、ストーリーテリング、絵を描くワークショップ、歌や踊り、詩の朗読などさまざまな体験ができるようになっているようです。

ファビアンさんもシティマさんも異口同音におっしゃったのは、「この図書館には、日本を知るための本がない。中国はたくさん本を寄贈してくれるので、中国の文化や伝統を知るための本も中国語の辞書もたくさんある。でも、日本についての本は1冊もないんだ」ということでした。シティマさんはケニヤッタ大学(日本がいろいろ援助をしていた)で学ばれたとかで、それもあってか悔しいというようなニュアンスも混じった言い方でした。

アフリカでは中国の存在が非常に大きくなってきています。たとえば今回キスムからエンザロに行く途中の道路も、シャンダに行く途中の道路も、あちこちで工事をしていて、土煙がもうもうと立っていましたが(そのせいで私はのどをやられたような気もします)、これはすべて中国が請け負って工事をしているそうです。日本が作った道路のほうが質はいいらしいのですが(「少年ケニヤの友」の方の話)、入札ではいつも中国が勝つのだそうです。

でも、中国は経済ばかりでなく、文化面にも力を入れようとしていることが、シティマさんの話からよくわかりました。日本は、前から外交が弱いとは思っていましたが、世界の国に友だちを作ろうとする政策がまったくできていないと思います。前にプロジェクトのナイジェリア人会員のパトリックも言っていました。「ナイジェリアの学校には中国についての本がたくさんあるよ。でも日本についての本は一冊もないんだ」と。ケニアとナイジェリアだけではなく、アフリカ全体で同じようなことが言えるのではないでしょうか? 集団的自衛権などを振りかざす前に、もっと地道に日本への理解を促す活動を展開するべきなのではないかと強く思います。今のままでは、国連安保理の常任理事国入り(ABEはそうしたいらしいけど)なんて絶対に無理だと思います。

シティマさんは、ドリームライブラリーのライブラリアンたちのトレーニングと引き換えに、日本についての本を寄贈してくれないかと持ちかけてきましたが、さあ、どうしましょうか。

2015年3月14日 (土)

3.11シンポジウムのまとめ

「ポスト3.11 子どもたちの未来、子どもの本の未来」
のまとめ

2015年3月11日(水)午後5:30〜7:30に青短の教室で行われたシンポジウムについて、参加者のお一人である久米絵美里さんが、まとめを書いてくださいました。この日はちょうど、DAYS JAPANの集会もあったりして、出られなくて残念という方もおいでだったので、久米さんの許可を得て、掲載します。

少しだけニュアンスが違うかもしれないところもありますが、聞き手の方がこう受け取ったということも大事だし、サイド情報についてもきちんと調べて下さっているので、そのまま載せさせていただきます。久米さん、そして間を取り持ってくださったこだまともこさん、本当にありがとうございました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

フォーラム

ポスト3.11

子どもたちの未来、子どもたちの本の未来

 

主催:一般社団法人日本ペンクラブ

後援:青山学院女子短期大学、一般社団法人日本国際児童図書評議会、

一般社団法人出版文化産業振興財団

 

2015311日(水)17:30 ~ 19:30

@青山学院女子短期大学 教室L301

参加者:220名ほど

 

【第一部 映像&トーク「いのちと子どもの本」】

1. 太田康介さん(『のこされた動物たち』の著者・カメラマン)映像とトーク

 

<導入トーク>

 報道カメラマン(フリーカメラマン)である太田さんは、大の猫好き。2011330日から4年間、福島に何度も訪問し、第一原発20キロ圏内に残されている動物たちのためにキャットフードをまいて歩き、写真を撮って記録している。(キャットフードは栄養価が高く、犬も猫も食べられるがドッグフードは猫には向かないため、震災の時はキャットフードを活用するとよい)20113.11直後、猫を保護して歩いたものの、あまりに数が多く、焼け石に水の状態。そのうちに、犬猫のほかにも、家畜の大型動物(牛、馬、ダチョウなど)がたくさん死んでいくのを目の当たりにするようになる。やるせなく、自分にできることは、この状態を記録することだと写真を撮った。当時、20キロ圏内に入っていたのは、フリーの報道者だけ。大手報道社は、50キロ以内に入ってはいけないという会社からのお達しを受け、入ることはなかった。

 

<写真と映像によるムービー(10分間)>

 2011年3月29日〜30日 福島へ向かう。

  鎖につながれたままの犬。飼い主を待っているのか家から離れない犬。

  人を恋しがって、尻尾をふり寄ってくる犬。

 2011年4月 

  20キロ圏内の人の捜索は始まったが、動物へのケアは手つかずのまま。

  飼い主たちは、国からの退避命令により餌をやることもできなかった。

  水を求めた牛たちは用水路に落ち、二度と上がって来られなかった。(溺死)

  豚には、雑食性を活かし、泥などあらゆるものを食べて生き続けたものも。

  (溺死し腐敗した死体や、鎖につながれケージに入れられたまま衰弱死し

   ている動物たちの姿、蠅や蛆がたかっている猫の死体、ダチョウのひか 

   らびた首(胴体なし)などが、加工せずありのままの状態の写真が映し 

   出され、会場からはすすり泣く声が相次ぐ)

 

  ボランティアや太田さんたちフリーカメラマンたちは、警備の手薄なとこ 

  ろから侵入し、中へ入った。当時、危険地帯に入ることは違法で、入ると

 10万円ほどの罰金や拘束の罰則があった。その後、国から正式に許可を得 

  て入れるようになったが、当時は不法侵入になっていた。

 

 2012年春

  動物たちへの手は差し伸べられないまま。必死に生き残った豚や牛たちは、

  危険だと判断され、殺処分に。犬も死に、見かけなくなっていった。繁殖 

  能力の高い猫だけが残ったが、生まれてきた子猫たちは餓死するために生

  まれてくるという悲惨な状態に。

 

 2013年春

  猫の数も少なくなり、町には子猫の死骸も。

 

<映像後トーク>

 当時の心境を振り返る太田さん。最初は東電や国を責めたが、3月11日から初訪問の30日までの間、自分も「あんな危険なところにいけない」と思っていたことに気がついた。行こうと思ったのは、ほかのカメラマンたちから状況を聞き、行けるとわかってから。たくさんの悲惨な動物たちの死を目の当たりにして以来、牛・豚・鶏の肉、牛乳などがなんとなく食べられなくなってしまった。自分も生き物だから、ほかの生物の命をいただくことはしかたない。しかし、お肉は食べるけれど、牛はかわいそうと思っていた自分の気持ちの矛盾にも気がつき、改めて命について考えるようになった。今の自分の活動は自己満足であると意識しながら、猫のために福島に通い続けている。

 

太田さんBlog 「うちのとらまる」 http://ameblo.jp/uchino-toramaru/

 →さくま先生が心を動かされた後藤健二さんに関する記事

 http://ameblo.jp/uchino-toramaru/entry-11984261974.html

 

 

.『希望の牧場』について トーク

 「希望の牧場」代表:吉沢正巳さん・絵本の作者:森絵都さん

 (進行役:さくまゆみこさん)

 

 「希望の牧場」について

   通販生活ウェブサイトより吉沢さんインタヴュー記事

 http://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/150120/

 

Q:なぜ、この絵本をつくろうと思ったのですか?

森さん:当時、私も20キロ圏内に入り込み、取材をしていた。

    どんどん命の影がうすくなっていく中、無力感を感じた。

    そんな中、300頭の牛が生き続けていて、

    何とかして伝えたいと思った。

 

Q:吉沢さん、絵本を読んでどう思いましたか?

吉沢さん:大人も子どもも考えさせられる本になって、感動している。

     「希望の牧場」には、100頭くらい、ほかの牧場から引き取った牛

     もいて、新しく生まれてきている牛もいる。さすがにもう一頭一頭

     の個性は把握できていないが、絵本に300頭と描かれてしまったか

     ら、もう減らすこともできない(笑)

 

Q:吉沢さんは定期的に渋谷のハチ公前で演説をされていますが、その中には、怒り、切なさのほかに、希望も感じる。なぜ「希望の牧場」という名前にされたのですか?

吉沢さん:なぜ牛を助けるのか、模索しているうちに「希望」に行き着いた。

     すぐとなりの浪江町には、とてつもない量の放射能があり、二度と

     暮らせない絶望的な状態。しかし、それに「くずれてしまいたくな

     い」という気持ちがあり、その気持ちの果てが、深くて重い希望だ

     と、長い時間をかけて思うようになった。大勢の人の励ましに応え

     るためのものなのだ、と。

      そして、このような状況は、明日は我が身、みなさんの番であり、

     人ごとではないということを、たくさんの人に知っておいてほしい。

 

Q:絵本のテーマの選別理由はどのようなものでしたか?

森さん:最初は、悲しいだけになってしまうのではないかと躊躇したが、吉沢

    さんと出会い、その強さを知り、悲しみだけでない、命を学び続ける

    ひとりの主体の姿を描きたいと思った。心のやさしい人こそ、つらい

    現状を直視出来ず、このようなことを知ることを本能的に避けてしま

    う。そういう人に無理矢理見せるのは、違うと思う。ただ、伝えなけ

    れば、つらい状況は変わらない。だから、伝えなければならない。

 

Q:吉沢さんは、ずいぶんと演説慣れなさっていますが、元々、普通の牛飼いだったのですか?

吉沢さん:ちがいます。3.11前も、県会議員選挙に出て、反原発を訴えていた。

     その結果、浪江町への原発の増設は止まった。今、61歳ですが、ド

     イツのような原発のない国を目指して、牛たちと暮らしながら、そ

     の意味を探しながら生きていこうと思う。

      ほかの酪農家と言い合いになったこともある。自分は、国の方針

     に逆らっている。動物をおいて避難したのも正しい、殺処分するの

     も正しい、命を守り続けるのも正しい。何通りもの正しさが、あの

     時にはあった。

 

Q:(from森さん)日本は動物より人間を、という考えが主流だが、海外はペットレスキューにも積極的。小さな命だからこそ助けようという気持ちがあり、当時は海外メディアからの取材もあったと思うのですが、日本メディアとの違いを感じましたか?

 

吉沢さん:違いという意味では、正直よくわからない。ただ、斑点牛という皮

     膚に斑点が出ている牛がいて、これは明らかに被爆の影響だと思っ

     ているのだが、それには海外メディアの方が興味を持ってくれてい

     る。伝えることで、研究が進めばよいと思っている。斑点牛につい

     ては、農水省に調べてもらったが、わからないという答えしか返っ

     てこなかった。わからないまま殺処分というかたちは、証拠隠滅だ。

     子どもたちの甲状腺異常が出ているのも、政府は関連性がないとし

     ている。漫画「美味しんぼ」の騒動もあり、国がコントロールして

     いることを感じている。

 

会場からのコメント

「希望の牧場」を出版した岩崎書店としては、ぜひ子どもたちへの推薦図書にしたかったが、政治色があるためか、残念ながら選ばれなかった。(岩崎書店社員談)

 

【第二部シンポジウム「3.11後の子どもたちの未来、子どもの本の未来」】

パネリスト:朽木祥さん、さくまゆみこさん、那須田淳さん、森絵都さん

   進行:芝田勝茂さん

 

Q:一部を終えて、皆様どうでしょうか?

森さん:「希望の牧場」は、現代の日本の拝金主義と戦っているのだなと再認識。

    そして、改めて動物に失礼なことをしてしまったと感じている。人間

    の都合で飼ったのに、置き去りにしてしまった。

     小説『カラフル』には、天使が出てくるが、その時、天使という異

    質な存在が入ってくるだけで、なんとよい風が吹くのだろうと思った。

    人間は、「異質」というものに助けられていると、創作活動をしながら

    感じている。

 

さくまさん:ロンドンで暮らしていた時、明らかに子どもより犬を大切にして

      いる人たちを見て、正直、うっと思った。自分は、犬を飼ってい 

      るし、猫も飼ったことがあるが、子どもの方が大事と思って子育

      てをしてきた。しかし、現在の福島の状況を見て、命よりもお金

      を優先する日本には違和感を覚えている。

 

朽木さん:有事の際は、小さいものから犠牲になっていく。前例でも、猫、犬、

     幼児の順番でいなくなっていった。そのことのおそろしさを感じな

     がら、第一部を聞いていた。

 

那須田さん:(ドイツと日本を行き来する立場から)チェルノブイリの影が、ド

      イツにはある。東ドイツでは、当時、ほとんど報道されなかった。

      しかし、その後、健康被害が発覚。メルケルは、反省しながら政

      治をする政治家。3.11直前まで、ドイツでも原発を再稼働させよ

      うとしていたが、3.11を受けて、その話はなくなる。ドイツは日

      本をリスペクトしてくれる国。日本ができないなら、世界の誰も

      できないと思った。

 

朽木さん:そういう事実を、子どもたちにどう伝えていくのか。消費されても

     よいという覚悟で物語を書いていくつもりでいる。

 

Q:子どもの本を書く上で気になっていることとは?

森さん:貧困の問題。給食費を払えない子どもがいるということを、あえてメ

    インテーマではなく、背景として描いていきたい。

 

さくまさん:子どもは「今」に縛られてしまう。見えていないものを見える窓

      を、翻訳家という立場からたくさん用意し、開けていきたいと思

      っている。

       日本と海外の違いとして感じるのは、日本の児童文学は政治と

      宗教の話題を書かないようにしているということ。日本の作家は、

      窓を開こうとしてはいるものの、海外に比べるとその窓は少し小

      さいように思う。

 

芝田さん:出版社によって、表現についての意見はいろいろ違いがある。出版

     社間の風通しはどうなるのだろう?

 

Q:過去とどう向き合うか?

朽木さん:3.11が起こってしまった時、「私たちがきちんと広島を伝えてこなか

     ったから、核の平和利用などという言葉にまどわされてしまったか

     ら、こんなことが起きてしまったのだ」と自戒の念を抱いた。小説

     『8月の光』は、3.11を受けて、急いで活字にしたもの。献辞にあ

     る「生き残った人々へ」は、福島の人々のことをさしている。

 

那須田さん:娘を通して、いじめについて思うことがあった。だいたい、10

      人くらいが1人の子をいじめるわけだが、そうすると守る子たち

      も出てきて、討論となり、解決していく。

 

さくまさん:戦争は、今の子どもたちにとってファンタジーになってしまって

      いる。自分のおじいさんおばあさんが体験したことだったら、ま

      た、自分のお父さんがヒトラーだったらなどのように自分ごと化

      できるしかけが必要。また、今伝えられている戦争は、「被害」ば

      かり。加害者でもあったということが日本ではあまり書かれてい

      ないことも疑問。もっと悲惨な状況を伝えていくべきだったのか

      もしれない。

 

森さん:書き方はとても大切。ただ重くて暗い物語では、子どもたちを惹きつ

    けられない。どう伝えるべきか、考えて行きたい。

 

那須田さん:日本の学校では、テロ対策がされていない。テロがあった時に、

      どのように対応するか、など考える場も必要。

 

朽木さん:小説を書く時は、共感恐怖をどう得られるかということを胃が痛く

     なるほど考えている。ただ、他者の痛みを感じられるようになるた

     めの、あたたかいものを書ければとも思っている。児童文学のいい

     ところは、希望を語っても恥じなくてよいというところだ。

 

 

<おわり>

 

2014年12月14日 (日)

子どもたちが未来を生きのびるために

童心社が出している「母のひろば」(No.606 2014年11月15日発行)に文章を載せました。「子どもたちが未来を生きのびるために」という文章です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私は子どもの本の翻訳者ですが、もう長いこと「言いたい放題」の読書会で創作児童文学と翻訳児童文学の作品を比較しながら読んできました。そのうちに、それぞれの国の児童文学には特徴があることに気づくようになりました。日本の創作児童文学に関していうと、社会的なテーマを扱った作品が少ないと思います。日本の作家は、視野をあまり広げず、細かい心理などを書いていくのを得意とする人が多いせいかとも考えてきました。外国の作品には、特に中学生以上が読む作品になると、政治も宗教も環境問題も原発も出てくるのに。

先月のことです。子どもの本の団体がたくさん集まって、「フォーラム・子どもたちの未来のために」という会合を開きました。今の政府がさまざまに推し進めようとしている政策に対して、大きな不安を抱えている児童書の関係者たちが、声を上げることにしたのです。

プログラムの第一部は、憲法学者の小林節さんによる「特定秘密保護法の次にくるもの」と題する講演、そして第二部がリレートークでした。リレートークには、作家のあさのあつこさんと森絵都さん、絵本作家のいわむらかずおさんと武田美穂さん、そして子どもの本の翻訳者としての私がそれぞれ10分くらいずつ話をしました。

あさのさんはお孫さんに渡す世界を考えて、いわむらさんは戦時中の体験や自然の中での暮らしを踏まえて、武田さんは政府の法案と若手弁護士の会が出した解説書を読み比べて、森さんは作品を書く立場から、お一人お一人がご自分の言葉で話されたのがとても印象的でした。私も、原発事故以来おカミに頼らず自分で考え自分で判断するのが大事と学生たちにも話してきたのですが、特定秘密保護法によって判断するための材料が隠されるので、私たちの命まで危うくなる危険性があるという話をさせていただきました。

そのリレートークの際、森絵都さんが「私が駆け出しの頃いろいろな編集者から政治と宗教はとりあげるなというアドバイスをもらいました」がおっしゃったので、私はびっくりしました。児童書の出版が盛んな国で編集者がそんなアドバイスをしているのは日本だけでしょう。それでは、読んでいる子どもたちも世の中の仕組みに関心をもたなくなってしまい、口先だけの政治家にころっと欺されてしまうかもしれません。私が日本の児童文学の特徴と考えていたものは、もしかすると日本の出版社の特徴だったのでしょうか。

子どもたちには身のまわりの出来事についての本だけでなく政治や社会を扱う本もたくさん読んで、自分の目でたくさん見て、自分なりの感じ方、自分なりの考え方を身につけていってほしいと願っています。これからの世の中を賢く生きのびるために。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

20141115

選挙に行かない若い人が増えているという話を聞くと、日本の出版界のありかたも影響しているのではないかと思ってしまいます。なお、この拙文を読んでくださった北海道在住の加藤多一さんから、お葉書をいただきました。加藤さんにはずっと前にお目にかかったことがあるのですが、常々同じようなことを考えておいでだったようです。大先輩から思いがけなく言葉をかけていただいて、元気をもらいました。

2014年11月25日 (火)

後期のゲストスピーカー

もっと早くに掲載するべきでしたが、忙しくてできませんでした。金曜日・2限「女性・環境・平和」@青短のゲストスピーカーです。

9月26日  吉原美穂さん:クレヨンハウスのこと
10月3日  落合由利子さん:生きること、表現すること
10月10日   落合由利子さん:歴史を紡ぐ
10月17日  森山暁子さん:江戸のエコロジー
10月24日  谷口由美子さん:サウンド・オブ・ミュージックを生きた女性
11月7日  中村柾子さん:絵本に見る女の子、男の子
11月28日  鳥居ヤス子さん:ソーラークッキングを楽しもう
12月5日   楠原彰さん:見えない隣人としてのマイノリティー
12月12日  岩橋亜希菜さん:環境としての建築
12月19日  アーサー・ビナードさん:だまされてはいけない
1月9日   山崎充哲さん:タマゾン川とおさかなポスト

聴講ご希望の方はご一報ください。

2014年11月23日 (日)

多文化共生のための絵本

Photo 昨日、絵本専門士養成講座で話しました。
ほかの講師の方たちの顔ぶれを見ても、私に何を期待されているかよくわからないので、ほかの方が取り上げないだろうと思った「多文化共生のための絵本」を取り上げました。
この講座は定員が30名のところ、応募が600名もあり、辞退者が出ることも考えて36名を受け付けたところ、全員が100パーセント出席なさっているそうです。みなさん、とても熱心に受講されています。
こういう資格がどう使われるのかは私にはよくわかりませんし、事務方も手探り状態で進行しておられますが、受講生の方たちの熱気は伝わってきます。大学の授業もこんな感じだといいんだけどな。やっぱり自分でお金を出すか、親に出してもらっているかの違いかな。

最初に多様な文化や価値観を知ることが子どもにとってもどれだけ重要なことか、という話をし、その後、実際の絵本の表紙や中身を見てもらいながら話しました。どんな資料や本を取り上げたかを書いておきます。(絵本ナビの方が前に話されているので、絵本ナビのサイトは外してあります。)

①多文化を扱った絵本について知る・探す

◆世界とつながる子どもの本棚プロジェクト編『多文化に出会うブックガイド』読書工房 2011

◆福岡貞子ほか著『多文化絵本を楽しむ』ミネルヴァ書房 2014

◆アフリカ子どもの本プロジェクト 「アフリカを読む、知る、楽しむ子どもの本」リスト:  http://www.hananotane.com/frame/frame.html

◆国際子ども図書館の過去の小展示にかかわるテーマ別のリスト
・韓国の子どもたちのお気に入りの本
・学校図書館貸出用ヨーロッパセット
・学校図書館貸出用 中南米セット
 ・ゆめいろのパレット
http://www.kodomo.go.jp/use/room/childroom/month.html

◆日本ラテンアメリカ子どもと本の会のおすすめリスト
http://clilaj.blogspot.jp/search/label/%E3%81%8A%E3%81%99%E3%81%99%E3%82%81%E3%81%AE%E6%9C%AC%20%2F%20livro%20%2F%20libro

◆千葉県立中央図書館の「世界とつながる200冊」
http://www.library.pref.chiba.lg.jp/kids/dl/kokusairikai2.html#bunkatohito

◆さくまゆみこ+宇野和美+野坂悦子+那須田淳「翻訳者が選ぶ 世界の子どもたちを知る本棚」梅田ジュンク堂

◆東京子ども図書館編『絵本の庭へ 児童図書館基本蔵書目録1』東京子ども図書館…国別の索引がある。(テーマ別で引けるので、ほかのジャンルについても探しやすい)

②人権・差別・いじめを扱った絵本について知る・探す

BOOK CAFÉの「人種差別を扱った本」
http://bookcafe.cocolog-nifty.com/book/cat47558356/index.html 


③ジェンダーを扱った絵本について知る・探す

◆草谷桂子著『ジェンダー・フリーで楽しむ こどもと大人の絵本の時間』学陽書房 2002
◆中川素子『女と絵本と男』翰林書房 2009

④古典の絵本について知る・探す

◆国際子ども図書館の「絵本ギャラリー」と「ヴィクトリア朝の子どもの本」
http://www.kodomo.go.jp/gallery/index.html
http://www.kodomo.go.jp/ingram/index.html 

⑤科学の絵本について知る・探す

 ◆科学読物研究会編『科学の本っておもしろい』 連合出版(現在のところ最新版は2010年刊)
 ◆横山真佐子ほか『かがくする心の絵本100』平凡社 2002

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

話の中で紹介した絵本は以下のとおりです。

○多文化共生

はがぬけたらどうするの? 〜せかいの こどもたちの はなし〜

 セルビー・ビーラー文 ブライアン・カラス絵 こだまともこ訳 フレーベル館

 

世界あちこちゆかいな家めぐり

 小松義夫 文・写真 西山晶 絵  福音館書店

 

いのり 〜聖なる場所〜

 フィリモン・スタージス文  ジャイルズ・ラロッシュ絵  さくまゆみこ訳  光村教育図書

 

世界のだっことおんぶの絵本 〜だっこされて育つ赤ちゃんの一日〜

 エメリー&ドゥルガ・バーナード文・絵 仁志田博司・園田正世監訳 メディカ出版

 

図書館ラクダがやってくる 〜子どもたちに本をとどける世界の活動〜

 マーグリート・ルアーズ著 斉藤規訳 さ・え・ら書房

 

むこう岸には

 マルタ・カラスコ作 宇野和美訳 ほるぷ出版

 

平和の種をまく 〜ボスニアの少女エミナ〜

 大塚敦子 文・写真 岩崎書店

 

むこうがわのあのこ

 ジャクリーン・ウッドソン文 E.B.ルイス絵 さくまゆみこ訳 光村教育図書

 

○人権・差別・いじめ

ぼくのものがたりあなたのものがたり 〜人種についてかんがえよう〜

 ジュリアス・レスター文 カレン・バーバー絵 さくまゆみこ訳 岩崎書店

 

あなたがもし奴隷だったら…

 ジュリアス・レスター文 ロッド・ブラウン絵 片岡しのぶ訳 あすなろ書房

 

じゆうをめざして

 シェーン・W・エヴァンズ作 さくまゆみこ訳 ほるぷ出版

 

ヘンリー・ブラウンの誕生日

 エレン・レヴァイン作 カディール・ネルソン絵 千葉茂樹訳 鈴木出版

 

ローザ

 ニッキ・ジョヴァンニ文 ブライアン・コリアー絵 さくまゆみこ訳 光村教育図書

 

彼の手は語りつぐ

 パトリシア・ポラッコ作 千葉茂樹訳 あすなろ書房

 

ひとりひとりのやさしさ

 ジャクリーン・ウッドソン文 E.B.ルイス絵 さくまゆみこ訳 BL出版

 

ネルソン・マンデラ

 カディール・ネルソン作 さくまゆみこ訳 鈴木出版

 

はせがわくんきらいや

 長谷川集平作 復刊ドットコム

 

あのとき すきになったよ

 薫くみこ作 飯野和好絵 教育画劇

 

○ジェンダー

せかいいち大きな女の子のものがたり

 アン・アイザックス文 ポール・O・ゼリンスキー絵 落合恵子訳 冨山房

 

ゆうかんなアイリーン

 ウィリアム・スタイグ作 おがわえつこ訳 セーラー出版

 

ピッツァぼうや

 ウィリアム・スタイグ作 木坂涼訳 セーラー出版

 

ラチとらいおん

 マレーク・ベロニカ作 とくながやすもと訳 福音館書店

 

こんなのへんかな?

 村瀬幸浩文 髙橋由為子絵 大月書店

 

○環境

ちきゅうはみんなのいえ

 リンダ・グレイザー文 エリサ・クレヴェン絵 加島葵訳 くもん出版

 

いきているひかり

 モリー・バング & ペニー・チザム作 さくまゆみこ訳 評論社

 

土の絵本 〜⑤環境をまもる土〜

 日本土壌肥料学会編 中村真一郎絵 農山漁村文化協会

 

ふようどのふよこちゃん

 飯野和好作 理論社

 

やまからにげてきた・ゴミをぽいぽい

 田島征三作 童心社

 

里山百年図鑑

 松岡達英作 小学館

 

里山のおくりもの

 今森光彦 写真・文 世界文化社

 

おじいちゃんは水のにおいがした

 今森光彦作 偕成社

 

うちは精肉店

 本橋成一 写真・文 農山漁村文化協会

 

クジラがとれた日 〜ラマレラ・生命の物語〜

 小島曠太郎 & えがみともこ 写真・文 ポプラ社

 


2014年8月25日 (月)

あしたの本で気仙沼と石巻へ

気仙沼と石巻へ

02s 8月23日(土)と24日(日)は「子どもたちへ<あしたの本>プロジェクト」で、気仙沼と石巻に出かけました。図書館バスと一緒に動いて、4箇所で子どもたち相手に絵本を読んだり、紙芝居をしたりしました。図書館バス担当の齋藤紀子さんは、もう地元の常連さんたちと仲良しで、たまたま顔を見せない方がいると、心配しています。常連の子どもについては、ひとりひとりちゃんと名前も把握しています。息子さんでドライバーの哲人さんも、会場を設定したり、風船を子どもたちに渡したり、大活躍です。今回は特にずっと図書館車について回ったので、齋藤さん親子が本当に大きな力になってくれていることを実感しました。また今回は、元小学館児童書編集長の梓澤設夫さんに助っ人をお願いしました。

図書館バスはセブン&アイ・ホールディングスさんの協力を得ていて、ここから借りた本は、スーパーやコンビニのカウンターで返せるようになっています。なので、巡回するのもその関係の場所です。

01s 初日のセブンイレブン気仙沼公園仮設店舗では、夏休み中の子どもたちが元気な顔をのぞかせてくれました。やまんばの出てくる紙芝居をするというと、図書館車の後部ドアの陰からこわごわのぞている子もいました。今は特別支援学校で教えているオガタ先生が、3.11の時の体験を話してくださいました。その日は、子どもたち(当時は普通の小学校の先生)を下校させてすぐに地震が来たので、走って様子を見に行くと、子どもたちは橋のところでかたまってうずくまっていたそうです。とっさの判断で先生はみんなを学校に連れ帰ります。おかげで子どもたちは命拾いをしたのですが、「そうでなかったら、今頃は心がおかしくなってしまっていただろう」とおっしゃっていました。でも、一人だけ早退した子どもがお母さんと一緒に亡くなっているそうです。先生は自分のためだけでなく、学級の子どもたちのためにも本を借りていらっしゃいました。齋藤さんは、もう顔なじみなのでいろいろな話をもっともっと聞いていますが、私は初対面なのに話してくださいました。4年目に入るとボランティアの数も少なくなっているそうで、まだまだ終わっていないことを伝えようと思われたのかもしれません。(写真は、絵本を読む梓澤さん)

二日目のヨークベニマル湊鹿妻店では、あまり子どもたちが来なかったのですが、それでも親子でビニールシートに腰をおろして楽しんでくれた人たちがいました。興味を持ったのか、遠巻きにずっと見ていてくれたおじいさんもいました。ヨークベニマル大街道店でも、子どもはほとんど来ませんでした。この二つの店舗では、店長さんが当初とは変わってしまっていて、図書館バスの活動にあまり関心をもって下さってはいないようです。それでも、「図書館車は見ていたけど初めて中に入ってみた」という方たちもおいででした。この2箇所では大きなポスターを貼るとか、部分的に音楽を流して人寄せをするとか、もう少し知ってもらうことも必要かと思いました。
04s_2 最後のイトーヨーカドー石巻あけぼの店は、とても大きなデパートのようなお店で、店内にコーナーを作ってくださり、マイクも貸してくださったので、かなりの数の親子に楽しんでもらうことができました。終わると、小さな子どもたちが二人も、「ありがとう」とわざわざ言いに来てくれたのが、うれしかったです。(写真は、貸出受付の齋藤さん)

バリバリ稲妻が走り、ゴロゴロ雷が鳴る豪雨の中を石巻まで帰ってくると、駅の待合室で偶然、小児科医の山田真先生に会いました。日曜日の夜は一時間先の列車まで満席で待つ時間が長かったのですが、山田先生といろいろな話ができたので(福島の現状、出版社の現状など)、これもよかったです。

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31