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エッセイ・つぶやき

2019年7月 5日 (金)

『はじめてのはたらくくるま』(講談社)について

Photo_20190705125801 ◆『はじめてのはたらくくるま』について
子どもの本にかかわる人たちの間では、ただ今この本が「どうなの?」という話題になっています。『はじめてのはたらくくるま』(講談社)。3−6歳向けの乗り物絵本なのですが、表紙を見ると、バス、郵便車、シャベルカー、消防車、救急車などと並んで、銃を撃とうとしている自衛隊員を乗せた車(高機動車というのだそうです)が(本屋さんで見た人に聞くと、この自衛隊車はオビで見えなくなっているそうです)。

びっくりしたのは、それだけではありません。全30ページのうちの6ページを使って自衛隊の乗り物が紹介されています。最初の見開き「りくじょうじえいたい1」は、戦車のオンパレード。次の見開きが「りくじょうじえいたい2」で、水陸両用車、地対艦誘導弾発射機搭載車(ミサイルを発射できる車ですね)などが載っています。そして3つ目の見開きは「こうくうじえいたい」と「かいじょうじえいたい」で、戦闘機いろいろ(ステルス戦闘機も)とか、対戦哨戒機とかミサイル護衛艦とか潜水艦などが載っています。

◆まず「くるま」がおかしい
ちょっと考えても、戦闘機や潜水艦は「くるま」じゃないですよね。「はたらくくるま」の本を作ろうという企画の中で、飛行機や船は出てきません。こんな見開きがあることを考えると、最初から自衛隊の乗り物を載せる目的で作られたのかもしれないと思えてきます。

◆次に「はたらく」がおかしい
戦車や戦闘機の目的は、「はたらく」じゃなくて、「たたかう」とか「てきをころす」ですよね。小さい子どもは、働く車の絵本や図鑑が大好きです。だからタイトルを見て飛びつく親子もいると思います。で、楽しく見ているうちに、別の意識がすり込まれてしまう。それって、今の政権がいろいろな手を尽くしてもくろんでいることなのでは?

2019年6月13日 (木)

アンネ・フランクの誕生日

Nf05 昨日は「JBBYノンフィクションの子どもの本を考える会」の5回目。ちょうどアンネ・フランクのお誕生日(生きていれば90歳)だったので、ホロコースト教育資料センター理事長の石岡史子さんと、『アンネのこと、すべて』(ポプラ社)の翻訳をなさった小林エリカさんに来ていただいて、アンネ・フランクについての新しい記録映画『アンネの日記第三章〜閉ざされた世界の扉』を見たあと、二人のお話をうかがいました。

私は、アンネやホロコーストものは日本ではたくさん出版されて、どれもそこそこ売れるし、ハリウッドでもホロコーストものはたくさん映画になってアカデミー賞をはじめいろいろな賞をとっているけれど、それって結果として今イスラエルがパレスチナに対してやっていることを隠蔽することにもなってるんじゃないか、と思っていたので、失礼ながらそういう質問をしてみました。それに対して石岡さんは、「イスラエル政府を批判するのはいくらでもすればいいと思うけど、あんなに迫害されたのにまたパレスチナ人を迫害してるユダヤ人ってだめだよねというのは違うんじゃないか。」というふうにおっしゃいました。民族性の問題じゃないですよね、確かに。パレスチナのことがあるから、欧米ではまたユダヤ人に対するヘイトの風潮が大きくなってきているそうです。

それから、「日本が第二次大戦中にアジアでやったことを忘れて、アンネ、アンネともてはやすのはどうか」ということに対しては、石岡さんも小林さんも、もっと広い視野で考えていらっしゃることがわかりました。石岡さんは「私たちは、自分が批判されない物語にとびつく。アジアに対してもっと想像力をもってほしい」とも語られました。いただいたホロコースト教育資料センター(愛称Kokoro)のチラシをあとで見てみると、「Kokoroが目指す教育」として、
・一人の命の尊さを考える
・差別や偏見を生み出した人の心の弱さを学ぶ
・他者の痛みを創造し、思いやる心を育む
・多様な文化、民族、宗教を知り、広い視野をもつ
・平和をつくりだすために自分ができることを考える
と書いてありました。
https://www.npokokoro.com

2019年6月 9日 (日)

Refugee

Refugeeただ今、Refugeeという本の、自分で訳した文章をチェックしています。この本は、アメリカのアラン・グラッツという作家が書いた「難民」をテーマにした児童文学。主人公は12歳前後の三人。ドイツのベルリンに住んでいるヨーゼフと、キューバのハバナに住んでいるイサベルと、シリアのアレッポに住んでいるマフムード。ヨーゼフの物語が始まるのは1938年、ナチスに追われて船でキューバに向かいます。イサベルの物語が始まるのは1994年、父親が逮捕されそうになりボートでアメリカに向かいます。マフムードの物語が始まるのは2015年、空爆で家をなくしてドイツに向かいます。ヨーゼフはユダヤ教徒、イサベルはキリスト教徒、マフムードはイスラム教徒。

宗教も時代も背負っている文化も違う三人ですが、共通しているのは「難民」であるということ。ほかにも、「海」「赤ちゃん」「目に見えない存在」「明日」などというキーワードが三人を結びつけています。

史実を基にしたフィクションです。原書は340ページもありますが、アラン・グラッツのストーリーテリングがさえていて、ぐいぐい引っ張っていきます。最後のほうで、この三人をみごとに結びつけていることにも驚かされます。

つらい場面も多いのですが、それが現実なので、小学校高学年以上の人たちにはぜひ読んでもらいたいと思っています。

2019年6月 4日 (火)

産経児童出版文化賞贈賞式

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私は、産経新聞児童出版文化賞の選考委員というのもやらされています。編集者としても翻訳者としても産経の賞は何度かいただいたので、恩返しをしろ、ということで呼ばれたのです。

この賞の選考は全部で3回行われます。1回目は、それぞれの分野での選考。私は落合恵子さんと一緒にこの段階では絵本部門の中からすぐれた作品を選び出します。社会・科学の分野は、千葉大大学院教授の木下勇さんと東京子ども図書館理事長の張替惠子さん、文学の分野は武蔵野大学名誉教授の宮川健郎さんと日本女子大学教授の川端有子さんが第一次選考にあたります。2回目は、この6人で集まっておおまかな議論をし、候補をしぼっていきます。そしてそこで最終候補に残った作品は、全員でじっくり読んで3回目の選考会で意見を言い合い、最後は投票して大賞、JR賞、美術賞・・・と決めていきます。3回目の
選 考会には、フジテレビ、ニッポン放送、産経新聞の方も議論に加わり、投票も行います。ちなみに、3回目の選考会でいちばん辛口なのは、私かもしれません。

3日はその贈賞式。この贈賞式も以前は、多くの方が集まって祝賀パーティが開かれていたのですが、今は予算が削減されたせいか、パーティ部分はなくなりました。そして25年にわたり、紀子さんがずっと贈賞式においでになっていましたが、今年は佳子さんがおいでになりました。

今年の大賞は、豊田直巳さんの『それでも「ふるさと」』全3巻(農文協)。豊田さんは、イラクやパレスチナの子どもたちも撮ってこられた方です。そして福島にかかわる本も何冊も出しておいでです。この3冊は、福島県飯舘村の人々の避難からの約6年間を写真と文章で記録した本です。産経新聞のインタビューでも、豊田さんは、「意識したのは、次世代にこの未曾有の災害を伝えること」「一枚一枚の写真単体では、情報として消費されてしまう。でも、写っている人たちは情報じゃない。情報化に抗する意図があった」と語っておられます。
今回から新たに担当になった産経新聞の方からは「新聞社からすると、原発に反対する意図がはっきりしている本はどうなのか」という懸念が出されたのですが、上司の方は「そんなことは考えなくてもいいんじゃないか」とおっしゃいました。つまり自由な議論を保証してくださったわけで、それはありがたいと思っています。
このシリーズが大賞に決まってからも、著者が受賞をお断りになる可能性があるのではないかと危惧しましたが、昨日その話をすると豊田さんは、「本は読んでもらってこそ意味があるのです。産経新聞の読者の、これまではこういう本に触れたこともなかったかもしれない人々に、知ってもらえるだけでもいいじゃないですか」とおっしゃっていました。

JR賞は、『しあわせの牛乳』(佐藤慧著 安田菜津紀写真 ポプラ社)。岩手県にある「なかほら牧場」の頑張りを伝えるノンフィクション。たまたま産経ビルの中に「なかほら牧場」の牛乳を売っている店があり、最終審査が終わってから、みんなで少しずつ飲んでみました。
産経新聞社賞は、『ひだまり』(林木林文、岡田千晶絵 光村教育図書)で、のらネコを主人公にした絵本。フジテレビ賞は、『たまねぎとはちみつ』(瀧羽麻子著 偕成社)という小学校5年生の女の子が様々な人と出会って成長するリアリスティックな物語。ニッポン放送賞は、『空の探検記』(武田康男写真・文 岩崎書店)。贈賞式の後名刺をいただいたのですが、「空の探検家」と印刷してありました。登録商標にしているそうです。また別の名刺は、照明や光にすかすと、オーロラが見えるようになっていました。この本は、雑多なものがいっぱいつまっていて、私はもう少し編集で整理して空の様子にしぼったほうがよかったのではないかと思ったのですが、話をうかがってみると、もっともっと膨大な写真やお話の中から、ずいぶんと選んで一冊にまとめたものだとのことでした。

美術賞は、『バッタロボットのぼうけん』(まつおかたつひで作 ポプラ社)。松岡さんは、とっくに受賞なさっていると思っていましたが、今回が初めての受賞とのこと。
翻訳作品賞は『ショッキングピンク・ショック!』(キョウ・マクレア文 ジュリー・モースタッド絵 八木恭子訳 フレーベル館)。エルザ・スキャパレリという女性デザイナーを主人公に、十分に愛されなかった子ども時代から、個性的ですてきなデザイナーになるまでを描いた伝記絵本。もう一冊の翻訳作品賞は、『カタカタカタ:おばあちゃんのたからもの』(リン・シャオペイ作 宝迫典子訳 ほるぷ出版)。これは台湾の絵本で、おばあちゃんと孫娘の足踏みミシンをめぐるやりとりを描いています。

2019年5月29日 (水)

政治家の交渉ごとをめぐって思い出したこと

昔、イギリスから帰ってきてしばらく通訳の仕事をしていました。ある時、イギリスから有名な美容師グループが来るというので、通訳を頼まれました。そのグループ(3人くらい来たかと思います)を招いたのは、関西のほうの美容グループでした。日本側は、とにかく接待攻勢をかけて、そのグループの名前を使った日本でのフランチャイズ権をゲットしようとしていました。日本側の代表は、こう言っては失礼ですが、「腹巻きに札束を詰め込んだようなおっちゃん」というイメージでした。でもイギリスのグループは、とてもクールでした。接待より具体的な条件や、日本のグループがどのような人たちなのかを知りたがったのです。でも、日本側は、そのような交渉ごとに慣れていないせいか、とにかく相手を「気分よくさせよう」「重んじられていることを肌で感じてもらおう」の一点張り。私も途中で落差が大きいことに気づいたので、通訳の分際でありながら意見を申し述べさせていただいたりもしたのですが、日本側にはあまり理解されませんでした。それで当然のことながら、結局、肝腎の交渉ごとのほうはうまくいかなかったのです。

なんでこんなことを今思い出したか、というと、abeがその「腹巻きに札束を詰め込んだようなおっちゃん」と重なったからです。クールな交渉もしつつこちらの立場を明らかにし、いい条件を引き出すことのできない、悲しいおっちゃん。しかも、abeの札束は税金なのに。

2019年5月14日 (火)

朝日新聞の「子どもの本棚」について

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朝日新聞の毎月最後の土曜日に掲載される「子どもの本棚」で、私は自分がすてきだなと思う本を紹介しています。選書・執筆担当は、広松由希子さん(絵本家)、兼森理恵さん(丸善丸の内本店児童書担当)、越高一夫さん(松本の「ちいさいおうち」書店店長)、それに私の4人。毎月3冊ずつ掲載されるので、時々休んでいい月が回ってきます。毎月、長い原稿が1つ、短い原稿が2つ掲載されますが、長いのをだれが担当するかも、回り持ちになっています。それと夏休みと冬休みは特別版になって、4人がそれぞれ新刊と既刊をそれぞれ1冊ずつ紹介します。

ついこの間の2019年3月までは、いちばん短い欄が100字ちょっとの分量だったので、長くて複雑なYA小説は紹介するのが難しくて、短い欄担当の時はどうしても絵本の紹介が多くなっていました。でも、とある時私は考えました。おとなの本の紹介欄はどの新聞でも大体毎週あって、紹介文もたっぷりなのに、どうして子どもの本は月に1回で、紹介文も短いのだろう、と。ひょっとして、子どもの本は軽視されてる? それとも子どもの本=絵本と考えてる人(けっこうたくさんいますよね)が、そんなに長く書くこともないだろうと思ってる? でもさ、子どもの時に本を読まなかった人が、おとなになって読書家になる? 子どもの時におもしろい本(笑えるという意味じゃなくて)を読んで魅力を知っておかないと、一生損するんじゃない? そう思った私は、担当の記者に事あるごとに相談し、説明し、要望してきました。新聞社の上層部の方に会った時にも、「子どもの本って、大事なんですよ。活字文化の土台なんですよ」としつこく言いました。

それで、当時の担当の中村さんもがんばって考えてくださるようになり、とうとうこの4月から、短い欄でも200字以上書けるようになりました。うん、ちょっとうれしいです。

ところで、この欄で取り上げる本は、掲載時で3か月以内に出た作品という原則があります。でも、何を取り上げるかの候補を出すのは月初めなので、実際はほぼ2か月以内に出た本になります(どうしても取り上げたいとがんばれば、もう少し以前に出た本でもダメとは言われませんが、新刊を取り上げる欄という性格上、なるべく原則に沿ってほしいと言われています)。

でも、2か月以内に出た本は、地元の図書館にまだ入っていなかったりするんですよね。だから、本屋さんで立ち読みしてめぼしい本は購入したり、出版社から送っていただいた本の中から、つまり自分の手もとにある本の中から候補作を選びます。その月の選書・執筆担当者から候補が出そろったところで、読者対象が偏っていないか、選書バランスはとれているかを検討し、調整します。朝日新聞社のこの欄担当の方は、最近の紙上で候補作が取り上げられたことはないかどうかをチェックしてくださいます。この時、一同に会して話し合ったりはしません。すべてメールでやりとりをします。

ところで、朝日の担当者はしょっちゅう替わります。以前にこの欄を執筆なさっていた佐川さん、汐崎さん、米村さんも、「しょっちゅう担当者が替わるんですよ」とおっしゃっていたので、担当者の交替は伝統になっているのですね。

私は編集者だったとき、朝日新聞の「子どもの本棚」担当者宛に新刊児童書を送っていましたが、今になって考えると、あれは意味がなかったですね。新聞社に送られた本を、選書・執筆担当者が目にすることはないし、何が送られて来ているかを知らされることもありません。一般書については、本を並べてその場で話し合ったりする社もあるようなので、新聞社に送った作品が書評で取り上げられる可能性がありますが、子どもの本にかぎっては、選書が執筆担当者に一任されているので、それはないのです。

でも、朝日新聞はちゃんとこうした欄があるので、子どもの本のことをきちんと考えてくださっているのだと思います。ほかの新聞社では、予算削減のせいか、子どもの本をちゃんと紹介する欄がなくなって、あんまりよくわかっていない記者さんが、新聞社に送られてきた本の中から適当に選んで書いている場合も多くなっています。

活字文化の衰退を嘆くならまず、中身のちゃんとした、編集の目も行き届いている、おもしろい子どもの本をきちんと紹介していくことが必要なんじゃないかな、と私は思っています。

2018年5月12日 (土)

児童書は読書の土台です!

「読書推進運動」(読書推進運動協議会刊)2018年4月15日号に「児童書は読書の土台です!」という記事を書きました。JBBYの活動について、みなさんにも知っていただきたいと思います。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

子どもの読書週間によせて
JBBY会長 さくまゆみこ

 

私は、昨年からJBBY会長という役目をおおせつかっている。子どもが本を読まなくなったという声は、ずいぶん昔から耳にタコができるほど聞いていたし、最近は、まったく本を読まない大学生さえ多いという。そんななかで何ができるのか、報酬なしのボランティアではありながら、大変チャレンジングな役目である。

出版不況に関しては、大人の本と比べると子どもの本はまだいい、という声も聞かれるが、多くの新聞では大人の本の紹介・書評欄は毎週あるが、児童書の場合はだいたいが月に1回だったりする。なので、多くの人が子どもにどんな本を買ったらいいのかわからず、書店で山積みになっている本に手を出してしまう。

売れる本イコール子どもの心に種をまける本ではないので、そうした本を与えられた子どもは、本や読書の本当のおもしろさに気づくことなく、大人になってしまう場合も多いのではないだろうか。読書離れを嘆くなら、読書の土台をつくる児童書にももっと焦点を当てて、子どもの視野を広げ心に響く本を紹介したほうがいいのではないだろうか?

ところでJBBYでは3年前から毎年、日本で創作された児童書を海外向けに英文で紹介するブックレットJapanese Children’s Booksを発行してきた。選考委員たちは、かなり突っこんだ論議を交わしながら選書をし、選ばれた本について原稿を書き、ネイティブのすばらしい翻訳者たちに英文にしてもらって、絵本、読み物、ノンフィクションに分けて合計約一〇〇点を紹介している。

これを日本語でも読みたいと言う声が多く寄せられたので、昨年度からは、その日本語版「おすすめ! 日本の子どもの本」も出版することになった。また今年度からは、翻訳の児童書のなかからおもしろい作品を選んで紹介するブックレット「おすすめ! 世界の子どもの本」も出版する予定で、現在選書を進めている。翻訳作品についてもブックレットを出そうと思ったのは、翻訳書でしか得られない多様な価値観や多様な文化を知ることも、今の日本の子どもにとっては重要だと思うからである。

また、昨年度からは「国際アンデルセン賞講座」として、日本から候補として推薦していた角野栄子さんと田島征三さんについて、学んだり話しあったりする連続講座も開き、最終回にはおふたりの講演会も開いた。こうした活動やブックレットが、角野さんのアンデルセン賞受賞にささやかなりともつながったのであれば、うれしいことである。

毎年好評の「JBBY新編集者講座」では新たな趣向を考えているし、さらに昨年度からは、日本にいる困難を抱えた子どもたちについて考え、本で支援する「希望プロジェクト」も発足させた。学びの会を開いたり、子ども食堂や南相馬の子どもたちに本を届けたりの地道な活動を今年度も続けていくつもりだ。

出版・教育関係者のみなさまにも、子どもの読書に関して様々な試みをしているJBBYの活動をさらに知っていただけるよう努力していきたいと思っている。

2016年8月13日 (土)

国際協力についての2冊の本を読んで

Photo ただ今書いている途中の戦争と平和の児童書のブックガイドですが、今日は『地雷の村で「寺子屋」づくり』(PHP)という本について原稿を書いていました。この本のサブタイトルは、「カンボジアひとりNGO栗本英世の挑戦」。著者の今関信子さんがカンボジアに栗本さんを訪ねて、その活動について書いている本です。

アジアについてはあまりご存知なさそうな今関さんが、栗本さんについて歩き、いろいろと知っていくという内容です。本作りという点では記述に不確かなところもあるし(たとえばこの本を読んだ人は、マラリアにかからないためには予防接種が必要だと思ってしまうでしょう)、流れがうまくつけられていないと感じる部分もあり、少し残念な仕上がりです。でも、この本を取り上げようと思った理由は二つあります。

一つは、とても素直な方らしい今関さんが、何も知らないでぼっとカンボジアに行ってしまって、おたおたしたり、感動したり、反発したり、自分の言動を反省したりするところ。たぶん日本の子どもも、同じように心を動かすのではないかと思ったのです。

もう一つは、栗本さんの活動が、普通の私たちが考える支援とは違うところ。例えば今関さんが荷物をもたせてくれ、と寄ってくる子どもたちに、5円くらいなんだからちょっと小さな荷物をもたせてやろうとすると、栗本さんは、 「恵むようなことをしてはだめです」と、ぴしゃっと言います。安っぽい同情心を許さない。そして、こう話すのです。自分が知っている物乞いのある少年は、大人の物乞いの5倍くらい稼ぐのだが、それはやせ細って死にそうに見えるからだということ、そしてその子の義理の母はそれがわかっていて、その子に食事をさせなくなったということを。彼は、その義理の母を責めているのではなく、私たちが後先を考えずに、「金や物」をめぐんで自己満足してしまうことを責めているのです。

栗本さんが「金」「物」は魔物だと思っていることは、この本の端々にもあらわれています。たとえばこんな箇所もあります。

 「オワンちゃんたちが、どんなに困っていても、どの家より困っているとわかっていても、ここに食べ物や品物を持ってきてはならない。特別あつかいはできないのだ。どの家も苦しい。ぎりぎりのところで、ふみとどまっているからだ。
 たとえ善意であっても、物を持ち込めば、それで波風がたつ。物なんて、ただの物だ。それ自体、なんの力もない。だが、物は、人の手にふれると、そこから思いがけない動きをつくる。物とは、そういうものだ。
 オワンちゃんたちが、いやがらせをうけないとも限らないだろう。なぜ、オワンちゃんの家だけに物が届くのか、不信感も生まれるだろう。人の心に疑いの芽が目ばえたら、思いはまっすぐ届かなくなるのだ」(p126−7)

その原則に従うと、当然のことながら辛いこともたくさん出てきます。たとえばある日、栗本さんの事務所に親子(父、母、子ども4人)がたずねてきます。土地を借りて農業をしていたけれど、不作で土地の借り賃が払えなくなり、払うには娘を売るしかなくなっていると、その人たちは言います。つまり、自分たちよりお金を持っていそうで、カンボジア人の役に立とうという気持ちを持っている栗本さんに泣きついたのです。栗本さんにも窮状は痛いほどわかりました。でも、栗本さんは断るしかなかったのです。こう言って。

「ぼくは、長い内戦で、親を失ってしまったこどもたちに、安心して暮らせる場をつうりました。クラッチェに家を買いました。そこで、子どもたちを世話してくれる大人と、行き場を失って、困っていた子どもたちの、共同生活がはじまっています。“カンボジアこどもの家”です。ぼくは、親がいる子どもたちまでは、支援できません」と。(p127)

お父さんもお母さんも手を合わせてから帰って行ったそうです。でも、一緒に来ていた女の子は確実に売られていくしかなかったと思うと、栗本さんは、その夜は辛すぎて眠れなかったそうです。

こんな時、お金がちょっとでもあれば、渡してしまう方がどんなに簡単か。その人たちのことだけを考えれば、だれだってついつい渡してしまいたくなるでしょう。渡さないほうがずっと辛いのだから。でも、現地の社会全体のことを考えれば、渡せない。栗本さんのところに、辛いことが次から次へと押し寄せてくるのは目に見えています。そういう現実と向き合って、少しずつ道を探していくしかないのだと思います。強い人でないと、なかなかできないことです。

だから栗本さんは悩んでいます。

「ぼくは砂山を登っている気がする時があるんです。自分では、全力をかたむけて登っているんだけれど、足元からくずれておちるんだ。ぼくには、砂山をつくりかえられない。どうすればいいのだろう」(p130)

Photo_2 私は、栗本さんのことがもっと知りたくなって、もう品切れになっていて図書館にも入っていない本をアマゾン中古本で買いました。『慈悲魔〜カンボジア支援活動で見えてきたこと』(栗本英世著 リーブル 2008)という100ページもない本です。

「慈悲魔」とは聞いたことがない言葉ですが、栗本さんがインドに帰化した日本の女性から聞いた言葉で、その女性は、インドの街で物乞いをする人たちの中には、せっかく誕生した子どもが餓死することを恐れ、生まれたばかりの子どもの手足を切ったり、目を傷つけたりする親もいると語ったそうです。子どもが障碍者になれば、人々の哀れみをいただいて生きていけるからだとのこと。つまり「親が心を鬼にして子どもの命を守ろうとする行為」を「慈悲魔」と呼ぶとその方は言ったそうです。栗本さんは善意の人の慈悲の心が生み出す魔物、つまりこの本の表紙にも書いてあるように「良かれと思い行う援助が相手の人々を苦しめる」ことをそう呼んでいるようです。

そして、こちらの本では、栗本さんはこう書きます。

「カンボジアの人たちは、人々の優しさ、慈悲に狂喜し、自分たちではなにもしなくなっていき、すべての国策事業を海外援助に任せるようになってきました。援助者は自分たちの考える幸せや、よいと思えることをしているに過ぎません。相手の文化や宗教も無視し、自分たちが得た価値観を押し付けてきます。また、物資が豊富になることを、幸せになることと思っている人たちによって、多くの物が持ち込まれます。」(p12)

そしてこの本には、日本のNGOの失敗例(本人たちは成功したと思っているけれど、栗本さんから見れば、なんてひどいことをするのだろうと思うような例)がたくさん挙げられていました。

私たちのアフリカ子どもの本プロジェクトの会員に、コンゴ民主共和国から来たトコさんというジャーナリストがいます。彼は、いつも「金や物をめぐむな」と言っています。「コンゴにはどれだけたくさんの資金や物質が国際援助団体からつぎこまれてきたことか。それで、何が変わったのか? それをちゃんと見てから、やれることをやれ」と。(トコさんは控えめな人なので、もっと穏やかな言い方ですが)

マラソンの高橋尚子さんによる「スマイルアフリカプロジェクト」というのが、かつてありました。ウェブサイトによれば、こういう主旨です。:「子どもたちに笑顔のシューズを贈ろう」を合言葉に、子どもたちのサイズが合わなくなったシューズを「回収」し、裸足や裸足に近い状態での生活を余儀なくされている途上国の子どもたちにシューズを「寄贈」するプロジェクトです。

一見すると美しい善意の行為に思えます。感動して、シューズを寄贈した人たちも大勢いたと思います。一時は生協でも賛同キャンペーンをやっていました。でも、トコさんはこれにも反対でした。「スポーツシューズをはくのに慣れたら、次も同じようなのがほしくなる。でも、アディダスやナイキのシューズはいくらすると思いますか? ゴミの山が出来るしね」と。私もそこは、よくわかりました。アフリカには使われなくなったゴムタイヤでサンダルを作る人がいます。小さいけれど靴を作る工場もあります。その人たちの仕事も奪うことになると思いました。

栗本さんも同じようなことを書いています。

 「靴は欲しいですか? と訊ねれば、全員から拍手で歓迎され、欲しいという答えが返ってくるでしょう。でも、足の大きさはさまざま、好みの色も分からないので全員を市場に連れて行き、それぞれが好みに合った色、形を見つけ、大喜びとなります。でも、数か月の月日が過ぎていくころ、〈慈悲魔〉が起こります。
 カンボジアの子どもたちは、ほとんど裸足で走り回っています。石を踏んでも、木の切り株に乗っても痛くありません。その子どもたちの足の裏は厚い皮膚に覆われていますが、靴を提供すれば、靴をはいて毎日過ごすうちに足の裏の皮が薄くなり、石や切り株を踏めば足を痛めてしまいます。継続的に靴を買うお金があればよいのですが、買うことができないと、『新しい靴が欲しいな!』と、ないものねだりの心が起きてきます。〈慈悲魔〉・・・。
 靴をはいたことがない子どもたちは、靴がないことで悲しい思いはしませんが、靴をはきなれてくると靴がないことが悲しいこととなります。子どもたちに喜んでもらいたいと願い行う援助が、子どもたちを苦しめてしまいます。」(p48 私も編集者なので、文章のつながりがおかしいところは、少し変えました)

栗本さんが、それだけカンボジアの人たちのことを考えて活動してきても、ある日、カンボジアの新聞に「孤児たちをレイプした」という捏造記事が載ります。冤罪事件ですが、栗本さんは自分の活動にも間違った部分があったとして、こう述べます。

「国民一人当たりの年間収入が200ドル前後で生活している人たちから見れば、私たちの活動は、鼻持ちならない金持ちの活動に見えたのでしょう。事件が起きた背景に、うらやむ心「嫉妬心」が起こり、どんなに役に立つ活動を続けていても、妬みの心を持つ人たちには迷惑で、私たちがいなくなるのがよいと思っているのでしょう」(p57)

栗本さんのような人でも、そういうことが起こるのです。たとえば、お金を無心に来た人が断られて逆恨みをする場合だって考えられなくはない。お金を持っている国の人が、お金をもっていない国の人と本当の意味で友達になるのは、それほど難しいことなのだと思います。

この二つの本には、「カンボジア子どもの家」という栗本さんの活動のウェブサイトが載っていました。でも見ると、2013年以来更新されていませんでした。『慈悲魔』という本には、栗本さんは脳腫瘍を患っていると書かれていました。もう今は活動のできない状態になっておられるのかと、心配です。

2016年8月 3日 (水)

サルヴァ・ドゥットさんの物語

ただ今私は、戦争について書かれた児童書のガイドブックをつくっています。

で、リンダ・スー・パークの『魔法の泉への道』(金利光訳、あすなろ書房)を三度目に読み直していました(やっぱりもう一度読み直さないと責任持って原稿が書けないので)。主人公はサルヴァ。

スーダン南部で内戦によって故郷を追われ、親が殺されたり親とはぐれたりして、エチオピアの難民キャンプまで逃げていくけれど、91年にメンギスツ政権が倒れると、その難民キャンプを追い出され、今度はケニアの難民キャンプに向かう子ども(そのうち若者になりますが)たちの話です。この子たちはロストボーイズと呼ばれて一部はアメリカに迎えられます。リンダ・スー・パークもアメリカで会ったサルヴァ・ドゥットさんというロストボーイに出会って話を聞き、この本を書いています。

関連資料にあたっていたら、このサイトを見つけました。
サルヴァ・ドゥットさんは(映像を見るとわかりますが、とても知的な賢い人です。11歳から家族を失って一人で生き抜くことを余儀なくされ、長い年月を飢えや暴力にさらされて過ごした人とは思えないくらい。人間ってすばらしいと思わせてくれるような人です)、アメリカで教育を受けた後、今はスーダンに戻って「南スーダンに水を」(本の後書きはちょっと間違っています)というNGOを立ち上げて、南スーダン各地に井戸を掘ったり、学校を建てたりしています。

彼のウェブサイトにサルヴァさんの話している映像があります。
http://www.waterforsouthsudan.org/salvas-story/

またリンダ・スー・パークがサルヴァさんと話している映像も見つけました。2014年の映像です。
https://www.youtube.com/watch?v=H1Q6pj4l5uA

サルヴァさんが幼い子どもたちに話している映像もありました。兄弟げんかをすると言う子を、「だめだよ」とたしなめたりしています。戦争とけんかが、彼にはダブって見えるのでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=D33I3Uqr8VE

また、こんな資料も見つけました。サルヴァさんのようにチャンスに恵まれなかったロスト・ボーイズたちの記事です。彼らは親から離れて故郷を追われ、せっかく落ち着いたエチオピアの難民キャンプから追われて銃撃されただけでなく、難民キャンプにたどりつく途中で、多くが野生動物に食われたり、飢餓や不発弾にやられたりして命を落としているのです ね。でも、なんと、ロストボーイズ(どうして女の子はほとんどいないんだろう? みんな結婚してしまう?)のほとんどは、まだ難民キャンプから出られない でいるのです。
http://blog.goo.ne.jp/renkanere/e/3d72276dffe18501b02ea36bd9451f2e

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2016年6月22日 (水)

夢中になって読んだ本

夢中になって読んだ本

私は、子どもの時から活字中毒といってもいいくらい、本好きだった。そしてジャンルにこだわらず、手当たり次第に何でもかんでも読んできた。親からは、まだ活字が読めない三歳ごろから、分厚い本のページを飽きずにめくっていたと聞いているので、中身ばかりでなく本という形態にも興味を示していたらしい。

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学校に入ると、国語の教科書をもらってすぐにひととおり読んでしまい、上の学年の子のも借りて読んだ。今のように子どもの本がふんだんに手に入る時代ではない。父は会社の帰りに時々古本雑誌を買ってきてくれたが、クイズのページなどにだれかの鉛筆が入っていると、ちょっとがっかりしたのをおぼえている。それで、最初から自分のものといえる本がほしいと強く願っていたので、講談社の[少年少女世界文学全集」が発売になると、早速親に頼んで毎月買ってもらった。私が通っていた小学校に間もなく図書館ができて、そこで本が借りられるようになったのもうれしいことだった。

小学校時代に感動した本でおぼえているのは、ストウ夫人の「アンクル・トムの小屋/トムじいやの小屋」だ。講談社の全集より前の岩波少年文庫で読んだのだと思うが、感想文を書いて先生にほめられた。この本は、今読むとアンクル・トムに卑屈なところがあり、子どもたちにお薦めする気にはなれないが、アメリカの奴隷制度のことを初めて知ったという点では、私にとって意味のある本

Photo_5だった。私はその後、反アパルトヘイト運動にかかわったり、アフリカ人作家や、アフリカ系アメリカ人作家の本を多く訳したりするようになるのだが、ストウ夫人のこの本が、その遠いきっかけになっているのかもしれない。

大学は仏文専攻だったので、シュールレアリスム作家アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』とか。現実と幻想と狂気がないまぜになった『ナジャ』などを読んで、世間の常識といわれるものから自分をなるべく遠くへ引き離そうとしていた。
アメリカの公民権運動も盛んだったので、ジェイムズ・ボールドウィンの評論集『次は火だ』(すごいタイトル!)とか自伝的小説の『山にのぼりて告げよ』、ラングストン・ヒューズの『ブラック・ボーイ』なども、そのころ夢中になって読んだ本の一部だ。ラングストン・ヒューズの詩の一篇は、後に絵本の形になっているものを自分でも翻訳することになった(『川のうた』光村教育図書)。この詩の原題は、「黒人は川について語る」というもの。両親が早くに離婚して祖母に育てられたラングストン・ヒューズが、メキシコに父親をたずねていった18歳の時に書いた詩だ。アフリカ系の人々を代表する「わたし」が、アフリカやアメリカのさまざまな川とのかかわりの中で生きてきた歴史をうたっているのだが、私が好きなのは、「それで、わたしのたましいも、川のようにふかくなったPhoto_6 のだ。」というところ。作品を通して川のように深い魂をもった人と触れあい、いろいろな想像をふくらませることができるのも、文学の醍醐味ではないだろうか。

そのころの私は、「今」「ここ」から離れてなるべく遠くへ行きたいと思っていたが、本の中ではそれが大いに可能なのだった。本の中の主人公の靴を自分もはいてみることで、主人公の体験の一部を共有できるということも、そのころにはもうわかっていた。

卒論にはサン=テグジュペリを取り上げた。パイロットで、とても孤独だった(ように思う)サン=テグジュペリが空から大地を見おろしてさまざまに思いをめぐらせた結果の『夜間飛Photo_7 行』や『人間の土地』は、この世の人間のありようを描きながら、片方にはぽつんと空に浮かんでいる星のような視点もあって、好きだった。

サン=テグジュペリについては、その後また、思い出すきっかけがあった。西アフリカに行ってバオバブがいかに有用な木か、ということを知った時だ。『星の王子さま』では、バオバブは悪い木とされていたので、私も長いことそう思い込んでいた。『アフリカの大きな木 バオバブ』(アートン)を訳したのは、私と同じように日本人の多くが信じているだろうバオバブ有害説をくつがえしたいと思ったからだ。私の仕事場にはいま、種から育てたバオバブの苗が七本、すくすくと育っている。

その後出版社に入って児童書の編集にたずさわったが、児童書のことはほとんど何も知らなかったことに気づき、三年で辞めてイギリスに渡る。そしてイギリス人

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家庭でベビーシッターなどをしながら四年も過ごすのだが、このときは子どもたちが寝る前に本を読んであげるのが私の役目だった。子どもの生の反応に触れながらいろいろな本を読んだ体験が、私の財産の一つになっている。当時七歳、五歳、三歳の子どもたちが、げらげら笑い大喜びした幼年童話があった。それは、寝ている間に倒れてきた分厚い掲示板に体をぺちゃんこにされた少年の物語。少年は体が変形してしまったことを逆手にとって、封筒にもぐりこんで旅をしたり、凧になって空に舞い上がったり、夜の美術館で泥棒をつかまえたりする。文章もユーモアたっぷりなうえに、トミー・ウンゲラーのゆかいな絵がついているのも魅力だった。後のこの童話も翻訳して出版し、今でも版を重ねている(『ぺちゃんこスタンレー』あすなろ書房)。

(三鷹の森ジブリ美術館発行「季刊トライホークス」2013年2月27日 掲載)
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